side story


[21]時を渡るセレナーデN





 悠達のドタバタが起きる十数分ほど前。
 科学省の地下ドックは普段以上の騒々しさが満ちていた。


「改修作業は予定よりも十三%早く進んでいます。今晩中には古墳島へ向かえるかと」

「そうか。無理のないように頼む」

「はっ。今回の一件は技術部一同が責任をもって遂行します」


 技術部長と思しき人物は慶喜に目礼すると、足速に溶接現場に向かった。
 一人残された慶喜は、ドックのほぼ中央にある巨大な藍色の潜水艦に目を向けた。

 特殊装甲潜水戦艦。それがこの艦の一般名称だ。職員から“うみしお”と親しまれているこれは、数日前の太平洋沖で起きた謎の爆発により緊急の改修作業中である。
 その事件で海底の調査をしていた小型潜水艇の乗組員が亡くなってしまったが、艦の乗組員にまで死者がでなかったのは不幸中の幸いだろう。
 損傷箇所は合計二百箇所以上に及び、うち五枚ある装甲板が全て破損した大破が四八箇所。残りは装甲板が二、三枚剥がれ落ちたものや亀裂が走ったものにすぎない。
 だが、問題はそればかりではない。


「この艦の心臓ともいえる第八世代型高出力炉への魔力破損が著しい、か……」


 慶喜は報告書にまとめられている機関部の三次元映像を見て唸った。
 この潜水艦に搭載されているエンジンは、技術部が開発した試験運用品なのだ。安定して高出力を運用できるのが特徴だが、そのために弱点が幾つかある。


 そう。その一つが魔法に対する脆弱さだ。
 常に闇と対峙しているために、魔法への耐性のある技術を開発しているが、この炉心は別物だった。
 出力を高く安定したまま供給する事を目的とするので、魔法に弱く物理的衝撃に強い材質を使わざるを得なかった。加えて、燃料が魔力と極端に相性が悪いという事も原因だ。


「やはり、次の戦闘は撃沈を覚悟せねばな」





◇◆◇◆◇◆◇◆





「で、相沢君は見事なまでに医務室送りにされたわけだな」

「すみません………」


 清奈は深く頭を下げた。
 それに対して慶喜はコーヒーを飲んでゆったりとしている。
 如月、ネル、ハレンの三人も朝食を食べながら二人の話に聞き耳を立てていた。


「まあ、若いうちは何かとあるだろう。治癒魔法の使える者が担当だからすぐに治る」

「ありがとう、ございます」

「いやいや、久々に楽しい痴話喧嘩を見せてもらったお礼だ。それに大事な客人だからな」


 慶喜は悠の怪我とその経緯を思い出して一人で笑い始めた。
 それを見た如月は思わず溜め息をつく。


「父さん、いい加減に他人の話に首を突っ込むのを止めるべきだ。いくらあの人に会えないからって暴走気味にもほどがある」

「まあまあ如月君。愛している人に会えないっていうのは本当に辛い事なんですよ」

「む……。そんなものなのか」


 ハレンに窘められた如月は少し複雑な顔をしていた。
 彼には“愛”という概念がよく理解できていない。
 ネルフェニビアに対する態度は彼の優しさによるものだが、それは“愛”ではないのだ。
 彼女がどんなにアプローチを仕掛けようと、軽くあしらい時には疎んじてしまうのもそのためだろう。


「耀君は鈍感ですからね〜」

「何を言っている。一応周囲に気を配っているから問題はないはずだ」


 ネルフェニビアの少し拗ねた主張は如月には分からないようだ。
 彼の言い分は、殺気の有無、生命体の有無を感じるという意味で、彼女の主張とは違う。
 それを見てハレンは、


「見てるだけでこっちが焦らされそうですね」

「そうね………」

「ま、これも一つの楽しみだ。若さってのは良いものだな」


 如月とネルフェニビアを除く三人は互いに深く頷いた。
 清奈が二人に羨ましそうな視線を向けていた事は言うまでもない。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「あー、酷い目に遭った」


 悠は科学省の一階にある喫茶店で食べ損ねた朝食を取っている。


「浮気者は大変だな」

「それはひどいな。あれは事故だよ事故」


 如月の皮肉めいた発言に、悠は嘆きに満ちた顔をした。
 注文していたサンドイッチが来ると、すぐに食べ始める悠。
 周囲にはスーツ姿の職員が新聞を読んだり仕事をしていたりする。
 さらには自分達と同年代に見える子もいるので、一般にも広く開放されているのだろう。


「ところで相沢悠」

「ん? なに、如月君」


 山のようなサンドイッチを食べながら悠が答える。
 如月はぐっと顔を近付けると、


「ネルに妙な手を出したら、タイムトラベラーに関係なく始末する」


 ドスのきいた凄みのある声で悠の顎にマグナムの銃口を突き付けた。


「き、如月君……? そんな物騒な物を人前で出して、い、いいのかなあ?」


 悠は背中に嫌な汗をかきながら乾いた笑みを浮かべる。
 一瞬だけ如月の目が、獲物を狩るそれになったかと思うと、顔を離しマグナムをしまった。


「それはさておき――ん? どうした?」


 いきなり普通の口調に戻り、話題が急に転換したので悠は椅子からずり落ちそうになった。
 これが脱力感というやつなのだろうか。それにしては恐ろしすぎる。


『大丈夫です。悠は私が守ってみせますから』

『ありがとう、パルス』

『いえ………当然の事です』


 パルスは照れたような口調をしていた。
 そんな事で照れなくてもいいのにと思う悠だったが、すぐに意識を如月に向ける。
 如月は軽く咳払いをすると姿勢を正した。


「今日の夜には出撃する。それまでに十分身体を休ませておけ。もちろん準備も欠かすな」

「はい……!」


 如月は軽く頷くと、ポケットから財布を取り出した。
 そこから取り出されたのは福沢諭吉が一枚。


「これでたぶん足りるはすだ。釣りはもらっておけ」

「え? あ、うん。ありがとう」


 少し戸惑う悠だったが、自分の財政状況を思い出すと、やや赤面しながらそれを受け取った。
 如月は「済んだら地下研究室に行け」とだけ言い残すと外に出て行った。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「さて、全員揃ったかな」


 慶喜は地下研究室に集まった面々を見回すと軽く咳払いをした。
 彼の左側には悠達が、右側には制帽を目深にかぶった男性を先頭に様々なカラーの制服を着た男女が数十人立っている。
 ここで悠は妙な違和感を覚えた。


「清奈」

「えぇ。如月とネルがいないわね」


 小声で尋ねる悠に対して清奈は小さく頷いた。


『あの二人は屋外だ』

『恐らく大臣の用事ででかけているのではないでしょうか』

『そう……だと思う』

「皆さ〜ん、大臣が何か言うみたいですよ〜」


 ハレンに促されて慶喜の方を見る悠達。
 すると照明が落ち、代わりに目の前の空中に巨大なディスプレイが現れた。
 そこに表示されているのは関東平野とそこから遠い東にある小さな島。


「諸君、見てのとおりこれが古墳島と本土の位置関係だ。現在周辺海域の天候は最悪。通常の三倍近い荒れ模様だ」

 ディスプレイに映る古墳島が拡大され、周辺の天気に関する情報が次々に表示された。
 そして画面は切り替わり、今度は巨大な船の断面図と三次元の全体像が現れる。


「これが特殊装甲潜水戦艦“うみしお”だ。破損箇所はその九割が修繕済みで、残すところは機関部のみ。技術部が急ピッチで進めている。艦長、兵装に関して何か意見は?」

「特にない。だが、装甲板にアンチマジックシーム(AMC)の薄層を加えてほしい」

「分かった。連絡しておく」


 慶喜はしっかりと頷いた。
 艦長と呼ばれた男は、礼を言うと制帽をかぶり直した。目深なのは相変わらずだが。
 悠はAMCとは何なのか、と頭にクエスチョンマークを浮かべている。
 それに気付いたのか、慶喜が説明を始めた。
 すなわち、AMCとは魔法攻撃をある程度無効化する装甲技術で、対魔導装甲なのだ。
 その後話はどんどん進んでいった。


「さて、今回の作戦に関するミーティングは以上だ。最後に、互いの自己紹介といこう」


 “うみしお”側から順に自己紹介が始まる。


「私はこいつの艦長だ。特に君達と接する機会もなかろう。以上だ」


 艦長はそれだけで済ますとまた無言になった。


「私は桜庭。副艦長を務めています。みんな、よろしくね」


 茶色で毛先がカールしている長い髪の、青い制服を着た女性がにこりと微笑んだ。


「あたしは衣川咲子。一等航海士やってまーす」


 やや間延びした声で言う咲子。八重歯が見えたのは気のせいだろうか。



「俺は梶原だ。音響による水中の索敵と航空管制が専門だ」


 梶原は眼鏡のズレを直しながら不敵な笑みを浮かべた。


「シャリアです。女でありながら機関長の身分です。根っからのメカニックだけどよろしくね」


 灰色に近い青い作業着を着た女性は帽子を取って頭を下げた。


「では、こちらの子供達だが、少し訳ありでね。簡単に名前だけで済まそう」


 多少歯切れが悪い慶喜だったが、クルー達はあまりきにしていないようだ。
 恐らくこういう事はよくあるのだろう。
 悠達が簡単に自己紹介をすると、慶喜が解散の号令を掛けた。
 直後、慶喜に通信が入り、何事か話している。「耀」という単語から、通信相手は恐らく如月だろう。
 一行は夕方までは自由行動となったが、特にすることがない。
 だから悠は科学省周辺を散歩する事にした。






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