side story


[20]時を渡るセレナーデM



 如月とネルフェニビアが清奈に冷ややかな目線を送られていた頃、悠はソファから見事なまでに落ちていた。


「痛てて。やっぱり普通の場所で寝ないと身体中が痛い」


 悠は肩を鳴らしながらふと昨日の出来事を思い起こす。


「まあ、あれで良かったんだよな」


 別れ際に見せたあの笑顔が脳裏に蘇る。
 その笑みの持ち主はここにはいないが、朝の鍛練にでも行ったのだろうと結論づけた。



 普段は仏頂面なのに、笑うと可愛い、そんな彼女の事を思いながら大きく伸びをした。
 そして、そこで気がつくある意味非日常の事実。


「え? あ、あれ?」


 今視界のど真ん中にはベッドがある。
 そこにハレンが熟睡して横になっている。
 問題は、その格好とこの状況にある。


「は、裸にワイシャ……って、えぇ!」


 はだけた襟元から深い谷間がチラチラと視界に入り、しかも裾の部分がめくれて白い柔らかそうな太股の奥が見えるような見えないような際どい寝相だ。





 その上、ネルフェニビア、清奈、そして如月までもがいない。


「一体何なんだ、この罰ゲーム………」


 実においしいシチュエーションといえばそうなるが、傍から見ればどう思われるか分かったものではない。


「は、早く戻って来ないかなあ、如月君」


 同じ男として被害者に含めたいのか悠は乾いた笑いをあげた。
 その時ハレンが「ふにゅ?」と可愛らしい声を上げて目を覚ました。
「はれ? 悠君、おひゃようございます。むにゃむにゃ」


 目をごしごし擦ると、ハレンはベッドの頭に置いてあった眼鏡を掛けた。
 微妙に角度が斜めなのは、指摘するのがもったいないので何も言わない悠。




 むしろそれ以上に焦っていた。





 足を内股に折り畳んでいるので、太股の付け根がさらに見えそうになったのだ。


「や、やあ、ハレン! お、おは、おはよう!」


 悠は最大限の理性を利かせて挨拶を済ますと同時に顔を背けた。
 同時に、こんなに切羽詰まっているのに何故か名残惜しいと思ったのはもちろん秘密だ。
 対するハレンは首をかしげている。


「悠君、どうしたんですか?」

「あ、いや………ふ、服だよ!」

「はい?」

「だ、だから服だって! そんな格好でいつまでもいたら出歩けないだろ?」

「え、と……服?」


 悠の理性が破裂寸前なのをよそに、ハレンは恐ろしくゆっくりとした動作で自分の今の状態を見た。


「は、はわわわ………!」


 それを理解した直後、彼女の顔は物凄い勢いで赤くなる。


「は、早く着替え着替え!」

「そ、そそそそうですね!」


 ハレンは慌てて着替え始めた。
 服の擦れる音が悠を官能的に刺激するが、見てはダメだと自分に言い聞かせて欲望を抑えている。
 しかし、こういう時に限ってドジッ娘特性というものが発動してしまう。


「シ、シーツが引っ掛かって……!」

「え? って、うわっ!」


 いきなりハレンが悠に向かって倒れてきた。
 どうやらベッドの上で着替えていたのが、シーツが足に絡まってしまった原因のようだ。


「えと……ハ、ハレン、大丈夫?」

「はい。大丈夫です………」


 怪我をしていないのなら大丈夫だと一安心する悠だったが、手に妙な感触があることに気がついた。
 少し指を動かすと、妙に柔らかい感触がして、手の平には何やら突起物が当たっている。


「ぁ……あぅ。あぁん……」


 しかも同時にハレンがやけに妖艶な声を上げている。
 途端、悠は飛び上がるように彼女を抱き起こし、自身は後ろに飛び退いた。


「べ、別に悪気があったわけじゃないからね!」

「そ、それは分かってます………。その、ごめんなさい」

「い、いや……謝るのはこっちの方だよ。ごめん、ハレン……不可抗力とはいえ、その……む、胸を触っちゃって」


 女難にもほどがあると悠は内心で溜め息をついた。
 この後何も起こらなければよいと願う彼だが、運命というものは残酷だ。


「へぇ? 不可抗力でハレンの胸を触ったんだ?」

「そ、そうそう。残念なことに不可抗力なんだよ……って、その声は清奈?」


 悠はビクリと身体を震わせると、恐る恐る振り向いた。




 そこに居たのは、間違いなく鬼神と呼ぶふさわしい黒髪の姫君、長峰清奈だ。


「不可抗力ねえ。その割には顔がニヤけていたわよ?」

「星影ハレンが恍惚した表情をしているからにはそれ相応の事をしたんじゃないのか?」

「いや、胸をちょっと触っただけだよ! って如月君!」


 悠は清奈の背後にいた如月に驚いた。
 そして自分が今さっき言った言葉に青くなる。


「せ、清奈さん? 背中から黒いオーラが出てますよ……?」

「うるさい……!」

「ひ、ひぃ!」


 悠の目の前に立つのは、殺気と嫉妬、憎悪が混ざったオーラを醸し出す鬼神だった。



 手に刀がないだけマシというものだが、下手をすればネブラの大群よりも恐ろしい。
 そんな二人を尻目にハレンは、


「じゃあ、私は先に行ってます」


 まだ顔が赤いまま部屋を出て行った。
 如月は、ネルフェニビアが屋上から今に至るまでずっと腕に絡み付いていたので身動きがとれない。


「どうするんだ、ネル?」


 無理矢理離そうと思えば可能だが、一応彼女の意見を尊重する如月。


「じゃあ、お二人の用事が済むまでここにいましょう」

「……おい、それは止めろ」


 ネルフェニビアはご機嫌な様子で如月の胸元に頬擦りをしている。



 如月は迷惑そうな口調で抗議をするが、表情は嫌な顔ではないのでまんざらでもなさそうだ。いや、普段から感情を顔に出さない彼だからこそ口調にそれがでるのかもしれない。
 どちらにせよ止める気配がないのでそういう事なのだろう。


「さあ、たっぷりと話してもらおうかしら?」

「は、はいっ!」


 この後悠が全身打撲のうえ、身体中に包帯を巻く結果になった事は言うまでもない。
 ちなみに、この実力を伴った説教が終わるまで如月達は本当に部屋に止まっていたそうだ。
 そうした彼女の思惑は、如月への警告だったのかもしれない。鈍い彼には無意味と分かっていながらも。





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