side story


[19]時を渡るセレナーデL



 翌朝――。
 日が昇る前より早くネルフェニビアは目を覚ました。


「ふにゃ……。耀君がいにゃい………」


 寝ぼけ眼の目をこすり、彼女は洗面所へ向かった。
 決して冷たくはないぬるい水で顔を洗うと、器用に尻尾でタオルを取り、顔を拭く。


 改めて一晩過ごした部屋を見てみると、悠はソファから身体が半分落ち、ハレンは熟睡している。
 今ここにはいない清奈は早朝トレーニングをしているだろうが、如月はたぶんあそこにいるのだろう。


「また屋上で星を見てたのかなあ」


 ネルフェニビアは簡単に着替えを済ますと、如月の元へ軽やかに足を運んだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「……………」


 如月は大の字に横になって空を見ていた。
 朝焼けが綺麗だから見とれているというわけでもない。ただ、なんとなく一晩中起きていただけなのだ。


「全てを無に戻す鍵は見つかった、か」


 如月は瞼が半開きのまま無心に朝焼けを見続ける。
 全てを血の色に染める夕焼けは嫌いだが、朝焼けを心苦しいとは感じない。
 自分の罪を洗い流すかのような大海が現れるからなのだろうか。


「血の罪の対価は、我が命かな………」


 無気力な瞳で、真上に翳した左手を眺める。
 その時、真下からドアノブが回される音がした。


「耀君、また星を見てたん…………」


 ネルフェニビアの声が突然途切れたのが気になったのか、如月は少し腹這いになって下を見る。


「ネル、こんな所で何してるんだ?」

「何って……それはこっちの台詞です! これは一体何ですか!」


 彼の問いに、コンクリート片が飛び散る床を指差しながら、ネルフェニビアは半ば怒り口調で叱責した。
 如月はスッと立ち上がり、屋上の床に着地するとネルフェニビアに説明を始めた。


「端的に言えば、少し長峰清奈とやりあった」

「え? 清ちゃんとやりあった………?」

「ああ」

「えと……清ちゃんと、その………やりあったって……。もしかして……」

「ああ。そのまさかだ。多少はうるさかったかもしれないが、悪いかったな」


 妙に歯切れが悪いようだが、如月は至極当然のようにネルフェニビアに言い返した。
 すると、彼女は急に顔を赤らめた。


「え、と……。べ、別に私は耀君が何をしても文句は言えない立場にあるけど………。その……、外でそんな恥ずかしい事をやるのは………アブノーマルっていうか、大胆っていうか…………」

「何をわけの分からない事を――」


 言っているんだ。と喋る前に如月は気付いた。
 彼女が身体をくねらせ顔を真っ赤にしている理由が分かったのだ。


「アホか。喧嘩だぞ、俺が言っているのは」


 如月は心底呆れたような表情をしている。
 いや、既に哀れなものを見るかのような雰囲気さえしている。




 とんでもない勘違いをしたネルフェニビアは、今にもフェンスから飛び降りそうなくらいに赤面してうつむいている。


「ったく、今が盛りなのか? こういう場合には常識的な考えで対処しろ」

「ご、ごめんなさい………」


 うつむいているのでよく分からないが、ぷるぷると身体が震えているところを見ると、恥ずかしさのあまりどうかなっているとしか思えない。



 如月は軽く溜め息をつくと、ポンと彼女の頭を撫でてやった。





 意外と図星なのかもしれない。




「まあ、何かあったら俺を頼れ。いつでもいいからさ」

「………うん。ありがとう……耀君」


 何かがはち切れんばかりのか細い声でネルフェニビアは礼を言い、そっと如月の胸に身体を傾けた。
 一方の如月も彼女を受け入れて頭を撫でている。
 そんな二人の様子を清奈が寝たふりをして見ていたとは誰も思ってもいなかった。






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