side story


[18]時を渡るセレナーデK



「やはり紅茶はダージリンに限る」

「…………」

「どうした。紅茶は嫌いだったか」

「……そういうわけじゃないわ」

「そうか。なら良かった」


 そう言って如月は紙コップに注がれた紅茶を満足げに一口飲んだ。




 一方清奈はまだ一回も口をつけていない。






 毒が混ざっているという理由からではない。
 ただ、如月が何を考えているのか全く分からない事に警戒しているのだ。



 一度戦った相手とのんきにお茶だなんて、ありえない。

 清奈は如月の横顔をじっと見つめながら思った。



 如月は満足した顔をしながら魔法ビンから紅茶を継ぎ足した。

 その引き立つ香りを楽しみ、紅茶を口に含み舌の上で転がして味を楽しむ。
 普段の如月からは想像できないような行動だ。



 それを見ているうちに、段々と自身の警戒心が薄れていく事に気付く清奈。


 新手の幻術かと疑ってしまう自分にも驚いた。


 ふと、如月が清奈のほうに顔を向けた。


「………なによ」

「いや、ケーキなどはどうかと思ってな。生憎と苺のショートケーキだが」


 そう言って如月はゴソゴソとコートの内ポケットを探り始めた。



 そうして出てきたのは、ケーキ屋でよく目にする小さな箱。
 どうしてそんな物が入っているのかと、思わず突っ込みたくなる清奈だが、そこは科学技術だと無理矢理納得させる。


「食べるか?」


 如月はいつ間にか取り出した小皿に、あの箱に入っていたケーキを載せながら言った。





 ずるい。と清奈は思う。



 まさか苺好きを知っての行為だとは思えない。

 しかし偶然にしては出来過ぎている。




 まるでこうなる展開を読んでいたかのようだ。


 いや、そうではない。実際に読んでいたのだ、と清奈は気付く。


「戦いで終わらないなら、話し合いで、か………」


 清奈は思わず呟いた。
 それに対して如月は当然のように一言返す。
 そう思っていた。
 だが、


「これが長峰清奈、お前の分だ」


 返って来たのはケーキと、おまけでついて来た予想外の言葉だった。




 完全に主導権を取られた。




 一筋縄ではいかない食えない奴だと如月を睨む。



 しかし手は勝手に動いていた。


「主導権を取り返す機会は幾らでもある。隙を見せる気はないがな」


 如月の目が一瞬細くなったのは気のせいだろう。
 こいつは本物だと改めて清奈は認識する。
 そうこうしているうちに、如月が喋り始めた。


「この時代はな、科学は発達している。その反面、人の精神は退化した。もちろんそうでないやつもいる。お前の時代はどうなんだ?」

『清奈、分かっていると思うが』

『大丈夫。ボロは見せない』


 フェルミに釘を刺され、清奈は念話で対応した。
 そして、当たり障りのない言葉で言い返す。


「どこも同じよ。利己主義の塊でしかないわ」

「そうか」


 如月は目の前に広がる光景を遠い目で眺めている。
 屋上の床は切り刻まれ、場所によっては深くえぐられている。


「実は、警備部に依頼していた事がある。携帯電話についてな」


 紅茶を口に含みながら清奈はチラリと如月の顔を伺った。


 こちらを向きはしないが、普段の冷静な表情に戻っている。



 自然と清奈も背筋を伸ばした。


「何の事かしら? 私には分からない事だわ」

「それはどうかな。メーカーは現在も有名なゼクサ。機種は二〇〇〇年に製造開始となったZ-49S。ちなみに開始から十年で製造は中止されている。所有者も知りたいか?」

「………………」


 清奈は答えない。



 それを持っているのが、誰か知っているのだから。


「一応言っておくと相沢悠だ。そして申し訳ないと思ったが、データを解析した」


 清奈は思わず如月を睨んだ。




 目を横にやり、彼女を見る如月は少しも怯んではいない。




 これも想定の範囲内と言いたいのだろうか。



 釈然としない思いが清奈の内に募る中、如月はなおも話す。


「実に面白いデータを抽出した。確か、技術部がプログラミング言語かと勘違いしていたな。あれは一体何なんだ?」

「………たとえ知っていても教えない」


 断固とした口調で拒む清奈。



 如月が何を言っているのかはよく分かる。


 だからこそ教えてはいけない。
 この時代の技術を用いれば、それはすぐに利用されるだろう。
 しかし、幾ら頼まれようともこれは教えられない。いや、教えてはいけないのだ。


「………そうか」


 如月は意外にも早々に諦めた。


「だいたい目星はついているが、聞かないでおこう」

「そう……。あなたみたいな人にしては珍しいわね」


 清奈は冷ややかな態度で言い返した。





 しばしの間、沈黙がその場を支配する。


 清奈は、如月に紅茶を継ぎ足されながらふと思う。



 ここまで知っているのなら教えても構わないだろうか、と。


 単にカマをかけている可能性もあるが、悠の携帯電話から情報を読み取られていた事から、ほぼ真実に間違いない。



 そして何よりも話さなければ如月との距離は縮まらないと焦る自分がいるのだ。
 こんな時、フェルミは反対に回るだろう。



 だが彼からは何の反応もない。
 清奈はゆっくりと口を開いて言った。


「あれは……タイムトラベラーが時を渡る時に使うコード…………」

「コード? なるほど。そういう事か。やはりあいつの言うとおりだ。という事は、空間系システムのアルゴリズムを変更すれ――」

「止めて」


 これ以上如月の話を聞きたくなかった。



 自身の立場ゆえではない。
純粋に恐れたのだ。この戦いが終わった後に、彼が自分から来てしまう事に。


「もう、これ以上何も言わないで」


 気丈に振る舞う事ができない自分はどう見えているのだろう。
 清奈は、次から次へと湧き上がる憶測から逃げたくなった。


「長峰清奈、お前が弱音を吐くとは珍しい」
 思わずびくりと身体を震わす清奈。
 如月に気付かれたという恐怖が彼女を塗り替えていく。
 問題の本人は、スッと立ち上がると、


「これを着ておけ。夏場とはいえこの地域の夜は寒い。お前が脆い原因は疲れだ。星空が綺麗だからといってあまり外に居過ぎるなよ」


 黒衣のコートを清奈の肩にかけてやると、屋上から内部へ続く階段のある建物の屋根に登って横になった。


「……………」


 清奈はカップの紅茶を飲み干すと、如月のコートをぎゅっと握り締めた。





 少し肌寒い風には、十分過ぎるくらいの温もりがあった。








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