side story


[10]時を渡るセレナーデC



 2214年7月26日18時15分前。

 20階建てのマンション、上穂グランドステージの17階の1704号室の玄関口が開いた。
 そこから姿を現したのは一人の少年と少女のようだ。
 少女のほうは、そわそわと落ち着きのない様子で自身の野球帽を何度も何度も触れては帽子の位置を直している。
 少年のほうは呆れた顔をして何かを言った。
 すると少女のほうが顔を真っ赤にして怒った素振りを見せている。
 そして、少年は肩を竦めると歩き始めた。
 少女もワンテンポ遅れて、その後を追うようにして小走りをした。


 そんな彼らの様子を上空から眺めている人物がいた。
 その人物は周囲の風景に同化する迷彩魔法を解くと、上穂グランドステージの屋上に降り立った。

「おい、本当にあの二人なのか?」

 フードにマント姿という、まるで中世の旅人のような姿をしたその人物は言った。
 その声は低く、男のものだった。

「そうよ」

 今度は後ろから声がした。
 先の人物と同様の服装だが、フードは外している。
 どうやら如月達と同年齢の少女のようだ。

「そして彼らのバックにはあの男がいるわ」

 その少女は憎しみのこもった口調で呟いた。
 男は、またか、とあきれたような口調で言い返す。

「復讐は個人の問題だ。今はあの御方の任務で動いている。少しは公私混同をわきまえろ、アリア」
「……悪かったわね、ザイツ」
「分かればいい。だがその男、セイランが実力を持って妨害を行うならば殲滅しろ」

 ザイツと呼ばれた男は左手の関節を鳴らしながら言った。


 夕日を背景に風が吹き、ザイツ達のフードとマントがたなびく。
 アリアの長い黒髪も風の流れに乗っている。

「狩りの時間だ。行くぞ」
 ザイツの合図と同時に現れた、彼らと同じような姿をした集団が、ザイツとアリアの後ろに控えていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 それは突然の出来事だった。
 まず最初に気がついたのは、アストラルだった。
 しかしその時には完全に敵の包囲網の中だった。

「不意打ちさながらだ」
「それにしては用意が良すぎます。結界の展開速度が速いです」
『恐らく周到に準備をしていたのだろう。この時のために』

 如月はマグナムを構え、ネルフェニビアはいつでも攻撃ができるよう詠唱を済ませてある。
 しかし周囲にはあのマント集団が10人いる。
 普通に暮らす一般市民が見たら卒倒するような状況だろう。
 だが周囲には空間結界が張られ、現実世界に影響がないようこの空間を切り取ってあるので問題はない。

「ネル、撹乱できるか?」
「できます」

 直後、ネルフェニビアの足元が輝き魔法陣が展開される。
 それにワンテンポ遅れてフードの集団が攻撃魔法の陣を展開した。
 だがネルフェニビアのほうが速かった。

「はっ!」

 素早く印を結び、地面に手を向けるとアスファルトと突如爆発した。
 粉砕されたアスファルトが空中を舞い、瞬時に如月達の姿を隠す。
 フードの集団は、そんな状況になっているにもかかわらず、魔導弾を連発した。


 いや、そんな状況になっているからだろう。


 相手にとっては防御のためかもしれないが、こちら側にとっては格好の的でしかない。
 下手な鉄砲も数撃てば当たるというやつだ。
 まさにこの光景は袋叩きそのもので、並の魔導師ならまず生きていない。
 段々と煙が薄れ、視界が晴れてきた。
 そこに見えたのは、見事にえぐられたアスファルトとその破片。


 しかし如月がいない。

 フードの集団は一斉に散開して周囲の捜索を始めた。



 如月達は、すぐ近くのビルに逃げ込んでいた。
 外の様子や周囲の気配に警戒しながら、窓のない小さな部屋に素早く転がり込んだ。 扉に鍵をかけ、反対側の壁に二人揃って座って背を預ける。

「怪我はないか?」
「うん、大丈夫。それにしても凄い作戦だったね」
「いや、ネルが何も言わずに行動してくれたおかげだ」
「えへへ。ありがとう」

 ネルフェニビアは頬を少しほんのりピンク色に染めながら言った。


 走ったせいで血圧が上がったからなのか、如月に褒められたと思ったからなのかは分からないが、少なくとも彼女の顔は嬉しそうだった。

「それにしてもこの窮地、一体どうやって対処しようか」

 如月は様々な戦術パターンを練るが、全くと言って良いほどダメなものばかりだった。


 なかなか良い案が思い付かない。

 ネルフェニビアが何か良い案を思い付いたのか、如月の服の裾を引っ張った。

「ねえ、こんなのはどうかな?」

 そう言ってネルフェニビアが如月の耳元で妙案を告げようとしたその時、


  ズッズズーーーン!

 くぐもった爆発音が聞こえ、如月達のいるビルが揺れた。
 外が騒がしくなっているようだった。



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