第三章 迷い〜そして戦場へ〜


[04]第四〇話



「そう、だったんですか………」


 如月の過去を聞いて、ネルフェニビアは沈んだ声で呟いた。


「ああ。そうなんだ………というのは嘘だ」

「……………はい?」


 如月の言葉に、思わずネルフェニビアは疑問の声を上げてしまった。


「そんな悲しい生い立ちがあったとして、他人に話すやつがいると思ったのか? お人好しにも呆れるぞ」

「う…うぅ……」


 如月の冷静かつ辛口な口調で、ネルフェニビアはやや引き下がっている。

 そして如月は、


「大体、仲間を撃つっていうのは誰しもが嫌に思い、恐れる事だ。お前は気にし過ぎなんだよ」


 と言ってネルフェニビアの頭をくしゃくしゃと撫でた。



 途端に彼女の顔は真っ赤になる


「こ、子供扱いしないでください! それに、それに……しんっ…ぱい、心配してたんですよ? それ、なのにっ……どうして嘘をつくんですか!」

「ネル………?」


 嗚咽しながら泣きじゃくるネルフェニビアに、如月は戸惑っていた。



 まさかここまで心配されているとは思いもしなかったのだ。




 正直、こういうのは苦手だ。



 ネルのために何かをしたいと思うのは、ただ放ってはおけないという意識があるだけで、特に邪な意図はない。



 これだから人間、いや、女というやつは感情を振り回す厄介な存在だと思う。


 だが、ネルフェニビアといると、普段よりも心が和らぐのも事実である。




 実に厄介だ。



 如月は内心で嘆息すると、


「ほら、ポケットティッシュだ。これで鼻をかめ。涙はまだしも鼻水で服が汚れるのは面倒だ」

「耀君のバカぁ」


 ネルフェニビアは泣きじゃくりながら如月の胸を、とんと拳でつくと、ティッシュを手にとって走り去ってしまった。



 彼女の姿が見えなくなると、如月はボソッと呟く。


「話聞かせて、余計な心配をかけるのもなんだしな」


 そして、おもむろに後ろを振り返った。


「で、さっきから他人の深い話を傍聴しているお前は誰だ?」


 如月の左手は、ベルトに挟んだマグナムがある腰に添えられている。



 いつ敵の攻撃を受けてもいいように、十分な間合いをとった。




 それから数秒後。



 緊迫した空気が、その最高潮を迎えようとしていた時、


「なんだ。気付かれてたのかー」


 ひどく間延びした声が目の前の木の上からした。



 そして声の主は、地面へと降り立った。


 それは、少し背の低い、白髪の少女だった。


「お前、科学省近辺からつけていたやつだな?」

「失礼だねー。これでも私は君の事が好きなのだぞー。きぃちゃんよー」


 未だ警戒を解かない如月に対して、その白髪の少女はそんな事を言った。


「盗み聞きをするようなやつに好かれるほど、俺は出来た人間ではないんだがな」

「きぃちゃんラヴと恥ずかしい事を言っている美少女に、そんな冷たい態度を見せるなんて、つれないのだねえ」

「ませた子供のお遊びに構っているほど暇ではない。失礼する」


 呆れるような発言ばかりを繰り返す少女を一蹴すると、如月はもと来た道を戻り始めた。



 彼女とすれ違った時、


「いずれまた、きぃちゃんとは出会う運命なのだねん。その時にはさらっちゃうのだよー」

「戯言を………」


 阿呆らしいような、物騒なような短い会話をすると、両者はスタスタと互いに真逆の道を歩き始めた。




 一筋縄では上手く行くまい。




 如月耀。




 噂通り、心の奥に悲しみを隠している孤高の魔導師だと、みぞれは思った。



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