第三章 迷い〜そして戦場へ〜


[20]第五六話



『こちら第三中隊より本部へ! 闇の勢力は第五地区へ侵攻しました!』

「拡散粒子砲の使用を許可します。ただちに前線の維持をしてください」

『了解!』

「各部隊へ通達。コード・デルタ発令。総員第二次体制へ移行しろ」

「了解」


 慶喜の指示を、オペレーター達がすぐさま無線で連絡する。





 眼前の巨大な立体スクリーンには、上穂市の地図が3Dで表示されている。


 ネルフェニビアがいる地点を中心に、その遥か上空の半径二kmに巨大な暗雲の渦が発生していた。






 “扉”が開いたに違いない。





 慶喜は報告から確信した。



 間違いなく、再び超古代の大戦が起こる。
 既に首相官邸や防衛庁には連絡済みだ。住民の避難も完了している。
 全国規模で非常事態宣言が発令されているため、科学技術省が自衛隊とともに動いているとは誰も知らないだろう。


「布陣は完璧だ。あとは、実力次第だな」

「如月大臣、内閣総理大臣から連絡です。量子反応弾の使用許可が下りました」


 オペレーターが努めて感情を殺した口調で報告した。
 使用制限の厳しい兵器が登場するほどの事態なのだから無理もない。


「敵は平気な顔をして国一つ……いや、世界を滅ぼすテロリストだ。油断した瞬間が負けだぞ」

「は、はい……!」


 慶喜は先のオペレーターを静かに叱咤した。




 この戦いに負けるわけにはいかない。



 今は亡き戦友と、ともに誓い合った想い人との決意が彼を突き動かしている。


「耀、いざとなればお前に頼るからな」


 そんな事を呟いていると、また報告が来た。


「航空自衛隊、東部方面隊第二小隊より連絡です!量子反応弾の装備が完了。五分後には戦闘空域に到着します!」

「分かった。着弾地点の座標を向こうに転送してくれ」

「了解!」







 量子反応弾。





 それは国際法で保有数が規制されている大量破壊兵器だ。



 通常弾と大きく違うのは、一定空間内の物質をエネルギーに変換して破壊する点。
 それは連鎖的に生じるため、核兵器の核分裂反応に似ているが、放射能を出さない。しかも、その威力は核兵器の二倍以上ある。
 核兵器ではない、核兵器と同等の破壊力を持つ兵器。その恐ろしさから、世界政府が使用を著しく禁じる国際法を制定した。






 すなわち、我々地球人ではない存在と戦う時のみ、と。




 世界政府の重鎮たちは、これを予期していたのだろうか。
 そんな思いが慶喜の頭を横切った時、警報が鳴った。


「量子反応ミサイル、発射されました!」

「第二小隊、戦闘空域より急速離脱!」


 目の前のスクリーンに着弾する様子が映し出された。
 ミサイルが、高層ビル群の中に吸い込まれるように入り込む。
 直後、映像がホワイトアウトした。


「連鎖反応が始まります!」

「総員耐ショック用意!」


 僅かコンマ数秒という間をおいて、慶喜達を大きな揺れが襲う。
 思っていた以上の揺れに、司令部内にいた職員は驚き、悲鳴を上げる。
 それでも計器類から目を離さないのは、確固たる意思を持つだからだろう。


「量子反応弾は問題なく自己消滅しました。被害地区の環境、異常ありません」

「敵部隊の七八パーセントが消失。増援は確認されません」

「光波、電場、磁場、及び粒子等の計測値は正常。問題ありません」

「映像が回復! 光学映像、出ます!」


 巨大なディスプレイに映し出された映像には、まさに空虚という言葉がふさわしかった。




 量子連鎖反応による物質の分解で、影響範囲内の地上の構造物が全てエネルギーに変換されたのだ。

 説明だけで、実際に現場を見たことのないオペレーター達は激しく動揺している。
 これほどの破壊力だとは予想だにしなかったのだろう。


「これで攻め落としは楽になる。あとは耀がどうやるかだな」

「如月大臣、まさかあの小娘を助けるつもりですか? あれは人類の敵ですよ?」


 防衛庁から派遣された幹部自衛官が慇懃な口調で尋ねる。
 慶喜は冷めた視線をその自衛官にくれてやると、


「何も知らないひよっこがでしゃばるな。我々には我々のやり方がある。信念に従って行動しているだけだ」

「ぐっ…………。どうなっても我々防衛庁は責任をとらないからな」


 脅しのつもりだろうか。その幹部はドスの効いた声で慶喜の耳元で暴言を放った。
 ひよっこと言われた事に腹を立てているのは明らかだ。
 血気盛んな者が人の上に立つ指導者に適しているかは分からない。だが、この程度で感情に流されるようではまだまだ甘い。
 そう思いながら慶喜は新たな命令を下した。




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