第三章 迷い〜そして戦場へ〜


[02]第三八話



「ああ。やはり精神的ダメージは大きいらしい」

『あらそう』

「随分軽い返事だな」

『当たり前です。あの娘がいれば彼はきっと立ち直る。そういう事ですから』

「それはそれは」


 慶喜は肩を竦めた。



 通信相手は、いつぞやの女性のようだった。

 やはり通信相手の様子が現れる欄は“sound only”とだけしか表示されていない。


「それだけ御執心という事は、やはりネル君は貴女の……」

『その話は無しと言ったはずよ』


 女性の声が明らかな怒りをともなったものに変わった。



 慶喜は、おおそうだった。と白々しく言うと、


「同志との雑談で少し気を緩めてしまったようだ」

『これからは口の聞き方に気をつけるべきね。反省の色を見せないあたりが腹立たしいけど』


 完全に見透かされていたか、と慶喜は思い苦笑した。



 ここまで来ると、親子二代、切っても切れぬ縁がヴェリシル家とあるようだ。


 自分も世に言う好事家になってしまったと内心で結論づける慶喜だったが、


『それで、状況はどうなの?』


 通信相手が急に真面目な口調になった。



 慶喜も表情を一変させ、背筋を延ばした。


「状況は芳しくない。あいつらは遂に“仮契約”の技法を入手したらしいぞ」

『やはりそうだったのね。こちらでもその情報の一端を掴んでいたけど、まさか本当だったなんて……』


 こめかみを押さえているような困った口調で女性は呟いた。


 慶喜は沈んだ表情で続ける。


「これから、耀の周辺で次々と戦いが起こる。あいつは、きっと悩むだろうな。友達を敵として戦う事に」

『……そのためにあの娘がいるんじゃない。それにあなたが弱気になってどうするのよ? 父親が支えるべきでしょうに』

「私は父として失格だ。耀には何もしてやれてないんだ」

 慶喜は自嘲気味に言うと、デスクの端に置いてある写真立てに視線を移した。




 そこには、本来あるべき写真が裏返しになって飾られていた。


「常に仕事と言い張って、あいつを独りにさせてきた。利用もしてきた。それなのに、私を父と呼び、本当の父親のように慕っているのだ。自分が憎くてたまらないよ」

『…………』


 普通なら家族など自分の最愛のものが飾られる写真立てだが、慶喜の場合はそうではないようだ。



 かつて犯した過ちを悔いているのか、それともその写真に写る幸せを直視できないほどに自分を否定しているのかは、分からない。



 だが、何かに背を向けている事は明らかだった。


「今度、食事でもしないか? 子供達の事について話しながら」

『あなたがその弱気体質なくして、あの子達に幸せを送るなら考えてもいいわよ』


 慶喜は少し場違いだったかと思ったが、相手の口調にはそれほど嫌な気持ちはこもっていなかった。



 むしろ、呆れていたような気がする。


「相変わらず嫌な日本語の使い方だな」

『あら、慶喜大臣にしては珍しい嫌味ね』


 苦笑いをする慶喜に、女性は喜々とした口調で言った。


『そうそう。今度学園に転入生が来るみたいね。注意しておきなさい。できるだけフォローはするわ』

「いつもすまない。ありがとう、ヌーテシア」

『いえいえ、如月慶喜大臣』


 まるで別れがたい余韻を残すような妖艶な口調で女性は言うと、通信が終了した。


「やれやれ、あれで姉妹だとは思えないな」


 慶喜は肩を竦めると、写真立てを見つめた。




 許されても決して許す事ができない罪。



 全て平和のためと断行してきた自分が背負うべき十字架がそこにはあった。


「もう少しだけ、私を許してくれ」




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