第三章 迷い〜そして戦場へ〜


[16]第五二話



「はぁっ!」


 如月はコートの内側から手榴弾に似た丸い物体を後ろに投げた。
 それはスタングレネードと呼ばれる、爆発音と閃光で敵の戦力を奪う武器だ。
 安全ピンが空中で外れ、その数秒後に大きな爆発と光が生じた。


「直撃は危険だが、大体は気絶で済んだはずだ」


 なおも追いつこうとする敵に目もくれず韋駄天のごとき速さで遺跡を目指す。





 先程から感じる微妙な揺れは恐らく敵が爆破系統の魔法で障壁や隔壁を破壊しているのだろう。


「敵は何者で何を企んでいる…………。この近代装備は明らかにおかしい」


 武器や防具は全て現代の魔導技術によって生産されたものばかりだった。
 まさかこちらの世界に魔導師が難民として流れているのか。

 いや、そうではないと如月は首を横に振った。

 仮に彼らが難民と仮定しても、矛盾が生じる。
 こんな戦いをする理由が見当たらないのだ。
 遺跡が神聖な祠であるとしてもいきなり攻撃というのは普通有り得ない。必ず何か理由があるはずだ。それもひた隠しにしなければならない何かが。
 そのまま走り続けていると、目の前に大きな岩壁が姿を現した。
 そしてそこをくりぬいて造ったと見られる神殿らしき建物。まさに遺跡の入り口だった。



「アストラル、索敵モードを赤外線に」

『承知』


 すると如月の左目のアイスコープから見える風景は不思議なものに変わった。
 温度が高い部分は赤く見え、低い部分は暗青色に映るようになっている。


「敵は内部に侵攻しているのか」


 ちらりと左手のマグナムに視線をやる。
 鈍い銀色をたたえたそれはひどく重く、冷たい。
 如月は深呼吸をすると、


「これより部隊員の奪還と救出を行う」


 まさに撃鉄を起こそうとした瞬間だった。
 突如東から厖大な魔力を感じたのだ。



 思わずその方向を振り向くと、はるか遠くから天に向かって一筋の光がのぼっていた。


「あれは…………なんだ?」

『如月耀、“扉”が開いたぞ』


 半ば見とれていた如月を、アストラルの緊迫した声が呼び覚ます。


『ヴェリシルの小娘が危険だ。直ちに科学省へ戻れ』

「何を言っている。ネルが危険とはどういう意味だ」


 任務を放棄してまで戻るほどの危機なのか。
 何も知らない如月はそんな事ができるわけがないとかたくなに拒んだ。
 アストラルが喝の一言を入れようとした時、無線通信が入る。


『奴の息子ぉ! 聞こえてるならよく聞け! たった今艦隊から連絡があった。如月耀は直ちに帰還し、本土での異常に対処せよ! 迎えは俺が行くから待ってろ!』


 インカムから聞こえる怒鳴り声に似た大声は、如月の脳へ衝撃を与えるには十分だったらしい。
 頭を抱えて木の幹に寄り掛かっていた。


「おのれ……加治の父親め…………」


 何事もなかったかのように現れたら一発おみまいしてやろう。
 そう思っていた矢先だった。


「如月の息子ぉ! 迎えに来たぞ!」


 目の前に満身創痍の男、加治政宗が落下するように地面に降り立った。
 如月はその怪我と様子とのギャップに呆気にとられていたが、すぐに気を取り直す。
 もう、怒鳴り声の一件はどうでもよくなっていた。


「少しやり過ぎた。今セイランが空を守っている。転送陣で現場まで送る」

「待て、その負傷と疲労だと下手したら死ぬぞ」


 如月はいつになく真剣な表情で警告した。
 しかも加治政宗は戦闘が専門で、補助系魔法は得意としていない。
 分野外の魔法は術者への負担が大きく、まして彼の場合は空中戦の直撃ということもある。


「こんなところで無意味な死を遂げるのは間違っている。ヘリを迎えに寄越せ」

「そう言ってくれるな。気付いてんだろ?」

「ああ。しかも、ちょうど二人だ」


 如月はマグナムの撃鉄をゆっくりと起こし、政宗を見据えた。
 対する政宗は不敵な笑みを浮かべている。


「話し合いってのは無理だみたいだな」

「それは残念だ」


 無表情のまま如月はマグナムの銃口を政宗の方へ向ける。


「たまには話し合いができると思ったんだがな」




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