第三章 迷い〜そして戦場へ〜


[10]第四六話



「よし。あともう少しだ」


 如月は周囲への警戒を怠らないように気を配りながら、木々の間を疾走していた。


『油断するな。伏兵には気をつけろ』

「分かっている」


 その時、如月は急に横の茂みに飛び込んだ。
 そして間髪入れずに来た道に向かってマグナムを撃つ。

「かわされたか」

「惜しかったわね」



「っ!?」


 如月が呟いた時、背後から女性の鋭い声がした。


 素早く背後を振り返ると目の前には刀を構えたアリアがいた。


「読まれてたか………」


 逃げ場を確保しようとしたが、跪いた状態では斬り殺されるのが目に見えている。




 万事休すか、と思う如月。



「あともう少しで撃たれるところだったわ。あの時に比べて腕が上がったみたいね」

「適格な指摘には感謝します」

「その割には、冷静な判断がまだできないようね」


 如月は最大限の皮肉を言った。

 それに対してアリアは冷ややかに笑っているような口調で言い返した。



 だが、如月は言葉に詰まったような顔はしなかった。



 むしろ不敵な笑みを浮かべたのだ。


「それはあんたが指摘されるべき事だな」


 如月は跪いた態勢から銃口をアリアに向けた。


「あら、斬り殺されたいの?」

「ならば早くやってみるといい」

「何を……」


 如月の挑発に、アリアは躊躇するような動きを見せた。



 刀を持つ手が微妙に震えている。


「中途半端な態度で斬りに来るなら止めた方がいい。返り討ちにあっても知らんぞ」

「なにを……!」


 如月に馬鹿にされたと思ったのか、アリアは顔を真っ赤にして憤怒の形相を見せた。

「人を見下したかのように馬鹿にして…戯言を吐くな!」


 如月は一歩後ろへ身を引いた。




 直後、彼がさっきまでいた場所の土がえぐれる。


「冷静さを欠くな。そして俺はお前と戦いたくない」

「黙れ! 裏切り者の眷属がっ!」

「眷属かよ………」


 アリアの猛攻を如月は反撃する事なくひょいひょいと避ける。



 時折刀から発せられる電撃も、咄嗟に張った障壁で無効化されるか魔力弾で相殺されるかだった。


『バルザールよ。我らに仇討ちをなす儀はあらぬはず。あるとすれば、それはリュウ・セイランだ』


『ヒヒッ。ガキと年寄りの言い分聞いている暇がないんだ。仇討ちの儀は十分にある事をあんたらは知らないだけさ。いや、もしかしたら知らないふりをしてるだけかもな』


 アストラルの抗議は軽く流された。



 誇り高き存在である彼は、いつもならこのようなあしらわれ方に腹を立てるはずだろう。




 だが、彼はそうしなかった。



『何を……! 貴様も大戦を経験したならば分かるはず――』


「アストラル」


 如月は冷静な口調で焦りを見せる契約主を静めた。


「話し合いが最善だが、時には実力行使も必要だ。…………嫌いだがな」


『……………良いのだな?』


「それがその場の最良の策ならば、自身の戒律を曲げる事など命よりも軽い」


 如月は無表情で答えた。



 既に、自分が決めた絶対の規則は何度も破っている。




 仲間を傷つける事、いや、他人を傷つける事をしてはならないという幼少期からの決意は、形骸化したも同然だった。




 本当にこれで良いのかと誰かに聞かれたら、どう答えようか。






 その返答は、否。





 契約した時から自身に刻まれた呪いは確実に如月の精神を犯している。



 このまま道を進めばその先にあるのは目に見えている。




 それでも、誓いを破り捨ててまで自分が役立てるというのなら死んでも構わないと思っている。





 あいつの笑顔を守るためなら魂を悪魔に捧げる事も辞さない覚悟だ。







 まさか青臭い台詞さえもがこの心から出ようとは思わなかったが、自分も変わったのだなと感じた。




 もはや何もない人生だったが、お節介なやつと改稿で色々と障害が生じたようだ。



 これはこれで自分らしい酔狂な道だと思う。



「だから、俺は己が信念を貫く!」




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