第二章 動きだす運命


[07]第二四話



 如月は慶喜と別れた後、医務室へ向かっていた。
 そして今、その扉の前にいる。
 如月が足を踏み出し、それをセンサーが感知して扉が自動的に開く――――はずだった。

「うわっ!」
「きゃっ!」

 足を踏み出す前にいきなり扉が開き、内部から出て来た人とぶつかってしまった。

「だ、大丈夫ですか?」

 目の前がチカチカして周囲の状況が掴めないが、如月は肘で上体を起こそうとする。

 だが起こせない。

 次の瞬間、如月は思考が停止してしまった。
 自身の胸の前にある両手に柔らかな感触があった。
 それと同時にぼやけていた焦点が戻り、ようやく自分の状況が分かり始めた。

「うぅ……耀君のエッチ………」

 目の前には吐息が感じられるほど近くにあるネルフェニビアの真っ赤な顔がある。
 周囲には野次馬が集まっており、「熱いねえ」などと冷やかしの言葉を投げ掛けている。


 とりあえず如月は身体を起こそうとするが、腕が自分の身体とネルフェニビアの胸に挟まっているのでどうしても動けない。
 無理に動かそうとするとネルフェニビアの柔らかな部分をどうしても揉むようになってしまい、その度に彼女は喘ぎ声を上げ、上気しているのがよく分かる。
 このままでは、本当に不埒な事態になりかねないと如月が焦り始めた時、誰かの大声が響いた。

「貴様ら! 何をやっとるんだ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「本当に申し訳ありませんでした」

 如月は深々と頭を下げた。

「耀君のバカ。エッチ」

 ネルフェニビアは顔を真っ赤にして怒っている。

「言い訳をするとあれは事故だが、本当に申し訳ない」

 如月はばつの悪い顔をして再度謝った。


 彼らは先の騒動のあと、厳格で知られる副大臣にこっぴどく怒られた。
 そして医務室で二床のベッドに向き合うように腰掛け、休憩をしている。
 しかしネルフェニビアの怒りは収まらない。
 それもそのはず。公衆の面前であんな事をされては恥もいいところである。
 何よりも、自身の一族に泥を塗ってしまったという罪悪感が彼女にはある。


 なんで耀君に助けを求めってしまったのだろうか。

 こんな恥ずかしい事になるなら仲間と共に来ればよかったと本気で後悔する。
 ネルフェニビアは穴があったら入りたいとはこの事だと思った。


 そこへ、如月とは別な人物が口を挟んでくる。

「まったく、あなた達は朝から何をしているんだか。あんまりにも刺激的過ぎて録音しちゃったじゃない」

 そう言ったのは白衣に身を包んだ女医である。
 その手には小型の録音機器があった。

「冗談でも止めてください、高松先生」

 真っ赤になったままうつむくネルフェニビアに代わって、如月が言った。

「あらあら。思春期の男の子には刺激が強すぎたのかしら?」
「はあ?」

 女医、高松のからかいの言葉に対して、如月の言葉はそれがどうしたと言わんばかりのものだった。
 そんな如月の態度が面白くなかったのか、高松はつまらなそうな表情を見せると、

「ま、自分の彼女には優しく接しなさいよ」

 そう言って自分のデスクに戻って行った。

「………実に下らない」

 如月はそれだけ呟くとネルフェニビアのほうに向き直った。

「やはり、まだ怒っているよな」
「当たり前です。なんで人前であんな事をやるんですか」
「事故だ。不可抗力だ。そして人前でとなぜ敢えて言うんだ」
「だ、だって、ああいう事は……その、薄暗い部屋で二人っきりの時に………」

 後半の言葉は消えそうなくらい小さな声で言ったが、如月の耳にはしっかりと届いていた。
 そんな彼女の態度に、如月はあろう事かとんでもない一言を投げてしまった。

「なんだ、ネルは欲求不満なのか?」

 次の瞬間、ネルフェニビアは顔から火が吹き出そうなまでに真っ赤になった。
 高松は飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。

「ほんっとに心が繋がってないんだね、あんた達は。いっその事、身体から先に済ましたらどう? ここなら一泊二万で貸すよ?」
「それが大人の言う台詞ですか? ましてやここは国の機関ですよ? まったく、バカバカしいにもほどがある」

 如月は溜め息混じりにそう言うと、ベッドから立ち上がった。

「そろそろ学校に行って来る。それまで大人しくしているんだぞ」
「………うん」

 ネルフェニビアの返事を聞くと、如月は普段通りの歩調で医務室を後にした。

「あれは本当のバカだわ。沈着冷静でポーカーフェイスなのはカッコいいけど」

 高松は呆れ顔で扉に目を向けながら呟いた。


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