第二章 動きだす運命


[16]第三一話



「撃って出るしかないな」

『安直な行動は死につながるぞ』

「ぐっ………」


 アストラルの反論を予想はしていたが、実際に言われるとつらい。


 それが自分の窮状を表しているようで、如月は自分に腹が立った。

 アストラルはそれを見透かしたかのように言う。


『いつも落ち着きを取り戻せ。らしくないぞ』

「分かっている」


 アストラルの忠告に応じる如月の口調には焦燥感と苛立たしさが混じっていた。


 それもそのはず。


 死とこれほどまでに近付いた事はなかったのだから。


 契約した時は無我夢中だったうえに、最後にはアストラルに意識を奪われた。


 父、慶喜が仕立てた襲撃は、ネルフェニビアが隣にいてくれたから乗り越えられた。


 セイランへの仇討ちの時は、自身の安全が確保されていたから牽制射撃ができた。



 では、今はどうか。


 いつも隣でサポートしてくれるあの少女がいなければ、自身の安全も保障されていない。


 頼れるのは結局自分しかいないのだ。



 だがそこで如月は気付く。




 一人、いた。


 自分では決して乗り越えられない壁を突破する、最強の存在。


「アストラル、力を貸してくれ」




◇◆◇◆◇◆◇◆




 如月達のいるマンションは魔物で取り囲まれている。


 その数は二十。


 さっきよりも増えていた。

 周囲を見渡せば、戦闘ヘリコプターが魔物と交戦している。

 高出力の火線が幾条も飛び交い、魔物が放つ技と衝突しては爆発を繰り返していた。


 そして建物を取り囲んでいた魔物達がじわじわと如月達が潜む一角へ近寄っている時、突如コンクリート壁が粉々に吹き飛んだ。

 直後、何かが魔物達を襲う。


 それは目に見えないほど高速で動く何かだった。

 複数の魔物がそれで消滅していき、合計で四体が消えた。


「まったく、やってくれるな」


 いつの間にか他のマンションの屋上に移った如月達は、今まで彼らがいたマンションを眺めながら言った。


『だがこれ以上の負担は貴様の死につながる』


 アストラルは硬い声で言い放った。

 如月は面白くなさそうに、鼻から一度息を吐き出す。


 アストラルの言った事は正しい。



 あの危機的状況下では紅蓮の神の力を借りるしかないと判断したのだが、その代償はかなり大きなものだった。


 特異的に身体能力を上げての戦闘。


 生身の人間が繰り出す、殴る蹴るといった物理攻撃ですら強大な破壊力をもつのだった。



 だがその分魔力を激しく消費するため、ある一定時間を超えると急激に疲労が溜まり、めまいを起こす。

 今こうしている間にも、如月はそれら副作用と格闘していた。


 その表情からは一見すると分からないが、よく見れば額に脂汗が浮かび、多少息遣いが荒い。



 立っているのが限界かもしれない。


 アストラルがそう思った時、何かの気配を感じ取った。


 直後、太陽の光が一瞬遮られ如月達の上空を何かが通り過ぎる。

 刹那の間をおいて上から風を切る音がした。


「今ごろ来たのか」


 如月は正直な感想を呟いた。

 だがその口調に怒りは含められてはいない。


 アストラルが感じた気配は、高速で魔物達の懐へ飛び込んでいった。

 その素早さは瞬息という言葉がふさわしいくらいで、如月が目を凝らして見えるのがやっとといったところだ。


 魔物達を屠り尽くすと、その気配の主が爆音とともに如月達の目の前に降り立った。


「遅いぞ、ネル」


 如月は普段の無表情になって言った。


「仕方ないでしょう。魔物というイレギュラーまで予想できていなかったんですから」


 ネルフェニビアは頬を膨らませて少し怒ったような顔をして言った。

 だが、すぐにその表情は解かれる。


「心配したんですよ、耀君」

「お前に心配されるほどやわじゃない。それよりも、背中に背負ってるジェット推進器は何だ」


 気恥ずかしいからか、それとも本当に気にしているからかはその無表情から窺い知ることはできないが、如月はそう言った。


 ネルフェニビアは一瞬きょとんとしたが、


「技術部の人が貸してくれたんです。凄い速いんですよ」


 そこまで大きくはない胸を反らして少し誇らしげに言った。



 また技術部か、と如月は内心で溜め息をついた。


 ネルフェニビアが背負っているのは、短距離用の超小型ジェット推進器である。

 戦闘機団以外での空中戦を想定した装置を開発したという噂を聞いていたが、まさか試作機をネルフェニビアに使わせるとは、と呆れ果てる如月だった。


「後で技術部長を締め上げてやる」


 とは口に出さなかったが、ネルフェニビアには聞こえていたらしい。


「無益な争いは愚かです」

「何の事だ?」


 思いっ切りしらばっくれる如月だった。





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