第一章 始まりは突然に


[07]第七話



「それで、向こうの世界の現状はどうなっているのかね?」
「多くの者が疲弊しています。闇の勢力は、数にものを言わせた物量作戦で大半の国家を征服し、時においては、複雑かつ巧妙な作戦を用います」

 慶喜の問いに、ネルフェニビアは深刻な表情で答えた。
 如月は、二人の会話を黙って聞いている。

「ふむ。やはりあの碑文の内容は真実だったか」
「あの碑文、とは?」

 ネルフェニビアが耳をピクピクさせ、素早く反応した。
 慶喜は、「これは科学省の秘密事項だが」と一言断ってから、

「二か月前に、太平洋の公海上にある諸島から謎の遺跡が発見された。ちなみに、そこは我が科学省の所有地だ。その諸島を形成する島、我々はナンバリングして呼んでいるが、その全ての島から同じような遺跡が発見されたのだ。それら遺跡の奥から発見された碑文の断片を組み合わせ解読した結果、君達の世界の存在や、この世界への危機などが判明した」
「つまり、予言の書が発掘されたのですね?」
「そういう事になる。そして、先に言っておくが、鍵となっているのは、耀、お前だ」
「は? 父さん、今何と……?」

 いきなりキーパーソン扱いにされて、如月はかなり迷惑そうな顔をしている。
 ネルフェニビアは、やはり、という顔をし、慶喜は、いたって普通な事だと言わんばかりの顔をしている。

「つまり、お前が二つの世界の救世主だ」
「い、いや……だから」
「ネルフェニビア君、耀の資質はどうかね?」
「………かなり素地がありそうなので、頑張れば優秀な魔導師になれるはずです」

 戸惑う如月を脇に置いて、話はどんどん発展している。

「そうか。ならば問題はないな」
「父さん、勝手に話を進ませないで下さい」

 ついに、如月がやや怒りながら言った。
 慶喜は、眉をひそめながら、

「何を言っている。お前には魔導師になる素質があるんだぞ。このままでは宝の持ち腐れになる」
「いや、そうじゃなくて、なんで俺が救世主にならなければならないのかという事に意義があるのですが」
「変にかしこまって言うな。今お前が救世主とならなければ二つの世界は、永遠に闇に覆われるぞ。そうなれば全ては絶望という奈落の底に行き着いてしまう」
「いや、だからって………」

 息子の執拗な抵抗に業を煮やしたのか、慶喜はテーブルを両手で思い切り叩いた。
バン! という大きな音がして、食器がガチャリと鳴った。食卓は一瞬で静まる。
 慶喜は、如月を睨み付けるようにして話し始めた。

「よく聞け、耀。今、世界は絶望の縁に立たされている。先日起きたハンガリーでの爆弾テロは知っているよな?」
「あ、あのテロと闇の勢力に何の関係が………って、まさか……!」
「そうだ。今疑われているテロ組織は、犯行を否定している。科学省が秘密裏に調べた結果、現場付近からは闇の力の痕跡が確認された」
「やはり、すでに侵攻は始まっていましたか………」

 ネルフェニビアは、深刻な表情をして呟いた。
 如月は、こんな非常識な話があってたまるかと言わんばかりに反論した。

「そんな事を言われても、信じろと言うほうが無理です。目に見える証拠がないじゃないですか」

 慶喜は、うーむ、と唸りながら妙案はないかと考え始めた。
 これでわけの分からないゴタゴタから逃れられる。
 如月がそう思った時、

「証拠を見せる方法はあります」

 ネルフェニビアが自信のこもった声で言った。
 すかさず慶喜が反応する。

「ネルフェニビア君、実際に魔法を見せるつもりか?」
「はい。そのつもりです」
「馬鹿を言ってはいかん。すでに敵に囲まれているのだぞ?」
「ですが……!」
「危険すぎる」

 慶喜は、頑としてネルフェニビアの提案を認めない。
 如月は、証拠見せる見せないの問題以上に気掛かりな点があった。

「父さん、敵に包囲されているって本当なの?」
「ああ、事実だ。連中の殺気は実に分かりやすかった」
「そんな……。監視システムは万全だったのに」
「監視システムは万全だったとしても、それは物理的に万全なだけだ。対魔法監視システムの導入が必要だな」
「とにかく! ……今は、敵を振り切る方法を考えましょう」

 今すべき話し合いから議題が逸れそうになったのを、ネルフェニビアが一喝した。
 如月と如月の父は、互いに気まずそうに顔を合わせた。そして、すぐに話し合いの態勢に切り替える。

「逃げるには、私が囮になったほうが好都合でしょう」

 ネルフェニビアのその発言に対し、慶喜が口を開く。

「そうだな………そうしよう」


[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.