第一章 始まりは突然に


[17]第十七話



「あれは……クリスタルか?」

 如月は、周囲に警戒しつつも誰もいなくなったエントランスホールの中央に浮いている物体のもとへ駆け寄った。
 近くまで来て、ネルフェニビアが目を細めて言う。

「いえ、これはアンチマギクリスタル、通称AMCです」
「AMC? ……つまり、対魔法用の道具か?」

 如月は言葉の意味を考えながら言う。

「………いや、魔法の威力を消す道具ってわけでもなさそうだな」
「うーん、ちょっと惜しいですね。正確には、魔法を使う時に出る波動を消す道具です」
『物体ないしは物質に干渉するクリスタルだ。これならば、気付かれずに転移魔法が使える。しかも軍用の妨害クリスタルだ。こざかしい連中どもだな』

 アストラルは吐き捨てるように言った。
 どうやら、珍しく頭にきているらしい。

「大出力の妨害クリスタルというのは気になりますね」
『確かにそうだ。やはり並大抵の連中ではないな』
「という事は、闇の勢力の刺客か?」
『いや、確定的な証拠がない。早急な結論は、かえって人を惑わす』

 アストラルは如月の結論を戒めた。
 如月は、「確かにそうだな」と呟くと、また考え込み始めた。
 詳しい調査をしようと、ネルフェニビアが提案しようとしたその時、階段のほうから拍手が聞こえた。

「ブラボーだよ、素晴らしい」

 その聞き慣れた声の方へ、一斉に振り向く如月たち。
 如月は驚いているようだったが、ネルフェニビアは違った。
 まるで仇敵にでも出会ったかのように睨み付け、尻尾の毛が逆立っている。

「どうしてここにいるのか。それを聞きたいんじゃないのか? ヴェリシル・ネルフェニビア」

 階段をゆっくりと降りながら、如月慶喜は続ける。

「今回の襲撃は、私自らが計画した。来たるべき闇の勢力へ対抗するための特殊部隊を用いてね」

 如月はようやく落ち着きを取り戻すと、腕を下ろした状態でマグナムを両手に持った。
 まさか自分の父親が闇の勢力の長とは思えないが、可能性は捨て切れないからだ。

「そうだ。たとえ身内と言えども疑わしき者には甘くなる事なかれ。上出来だ、耀」

 慶喜は階段の中腹まで降りて来た。それでも歩を緩めない。

「しかし想定外だったのは、合成魔法を扱えるまでに至っていた事だ。あれには驚かされた」

 ついに階段を降り終わると、今度は如月たちの方へ歩き出した。
 ネルフェニビアは依然警戒を解く事なく、腰を低くした。

「この場で、謝罪をしたい。試していて申し訳なかった」

 深々と頭を下げる慶喜。
 だが、ネルフェニビアの表情からは警戒の色が薄れない。

「信用に足る証拠は?」
「…………見せよう」

 慶喜はおもむろに左腕を上げ、指を鳴らした。
 すると、床の上が輝き、魔方陣が複数展開される。

「転移魔法か……」

 如月はその輝きに目を細めながら呟いた。
 そして、魔方陣の上に続々と黒装束の集団が現れる。
 たちまち周囲は、初期の状態のように黒装束の集団で埋まった。

「彼らの顔を見れば、私を信用するだろう」

 慶喜がそう言うと、黒装束の集団は一斉に頭巾を外した。
 直後、ネルフェニビアが小さな悲鳴をあげる。

「うそ………。なんで、ここに……」

 彼女の顔はまるで死人を見たかのように青ざめている。
 如月が何か言おうとした時、目の前でネルフェニビアが崩れた。
 一瞬の出来事で何事かと思ったが、すぐに如月は抱き起こそうと試みた。

「おい! 大丈夫か!?」

 耳元で大声をあげたが、意識は戻らない。
 すると、目の前にいた黒装束の一人の男性が、

「一時的な意識の喪失………恐らく、貧血のようなものだろう。医務室へ行けばいい」

 ネルフェニビアの頸動脈に触れたり、体温を確認するなどしながら呟くように言った。

「そうか、助かる」

 如月はすぐさまネルフェニビアをお姫様抱っこして、医務室へと向かった。
 それに続いて、その男性と慶喜、黒装束の数人が医務室へと向かった。



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