第一章 始まりは突然に


[15]第十五話



 そぞろそぞろと敵が近付いている。
 如月は、腰のベルトに挟んであるマグナムに手をかけた。

『結界が展開されている。どうやら本気のようだな』
「それはありがたい話だ。気兼ねなく逃げれる」

 先手は如月だった。
 カーテン越しに魔力のエネルギー弾を五発、立て続けに発射した。
 さらに前々から持っていた小さなスプレー缶のような物体、スタングレネードを放り投げた。
 スタングレネード。それは閃光と爆発で相手の聴覚や視覚を著しく奪う武器で、手榴弾の一種である。
 今、カーテンの向こう側が激しい発光と爆発音でどんな状況になっているかが容易に想像できた。
 本当ならばあまり人を傷つけたくない。
 如月は複雑な感情にさいなまされていたが、かぶりを振った。
 そう、今は逃げなくてはならない。逃げなければ殺される。
 如月は、意を決してネルフェニビアをお姫様抱っこの要領で抱え上げようとした。
 しかし、その手は空を掴む。

「敵襲、ですか……」

 ネルフェニビアはいつの間にか起きていて、すでにいつでも戦えるような状態でいた。

「ああ。目眩ましに閃光弾を使った。今のうちに逃げるぞ」
「そうですね」

 如月が勢いよくカーテンを開けると、気絶している黒装束の一団が目に入った。
 彼らを踏まないよう、器用に爪先だけで歩きながら通路へと出た。
 通路は全ての照明が落とされ、非常灯だけが点灯している。リノリウムの床にベージュ色の壁が、少し不気味に感じられるのは気のせいだろうか。
 直後、新たな黒装束の一団と遭遇した。

「………いくらなんでも分が悪すぎるぞ」
『御託は聞き飽きた。さっさと退却しろ』
「私が足止めをします。フリーズブロック!」

 ネルフェニビアは敵の進路を妨害するために氷系魔法を発動させた。
 それは通路を完全に封鎖するほど分厚く巨大な氷の塊で、あっという間に完成してしまった。

「ネルは凄いな」

 思わず感嘆を漏らす如月。
 しかし、刻一刻と敵が迫っているわけで、

「こっちです!」

 ネルフェニビアは如月の手を掴むと一目散に走り出した。
 途中、何度か黒装束の集団に遭遇した。しかし、ネルフェニビアの魔法や如月の牽制射撃によって危機を乗り越えた。
 そして、二人は一、二階の吹き抜けになっているエントランスホールにいた。
 正面出入り口の壁は、総ガラス張りで昼間の十分な採光に一役買っている。さらに床や階段、欄干などは全て大理石で作られていて、所々にある装飾は、美しいものから滑稽なものまで種々多様で科学省の職員が動員されて作られたと言われている。
 普段なら、その装飾は人を和ませたり笑わせたたりするのだが、今はそれに構っている暇などない。
 なぜならば、

「まずいですね」
「ああ、囲まれたな」

 周囲には黒装束の集団が十分な間合いをとって如月たちを取り囲んでいる。
 恐らく、中距離攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
 杖や槍、剣、サブマシンガンなどがこちらに向けられている。

『多勢に無勢か。もう少しまともに魔力を扱えないのか?』
「悪かったな。俺は命まで奪いたくないんだ」
『その甘さが己が死へと導くのだぞ』
「ぐ………」

 如月には反論しようにも反論ができない。
 命を奪いたくない。
 それは確かに重要な事だ。だが、どちらかが生きるか死ぬかという世界ではそれは甘ったれた博愛主義もいいところである。欺瞞だ、などと言われても仕方がないのだ。

「分かっているが、性に合わないものは絶対にやらない。ここで死んでも悪く思わないでくれ」
『愚か者が。戯けた事を言うな』
「いざとなったら私が転移魔法を発動させますよ」
「ネル………」

 ネルフェニビアの笑みに思わずつられて、にこやかになってしまう如月。

「急所は外す。できるだけ気絶に持ち込む。短期決戦だ」
『お前の愚直さには呆れるばかりだ。かつてのどの契約者も力を振るっていたというのに』

 アストラルは本当に呆れたように言った。
 しかし、その言葉には非難が込められてはいない。如月は思わず笑ってしまった。

「愚直でけっこう馬鹿でけっこう。お前の史伝にしっかりと今日の事を刻んでおけよ、アストラル」
『ふっ…………いいだろう』
「耀君、きました!」

 ネルフェニビアがそう言うと同時に、頭上斜め上から魔導弾の嵐が降り注いだ。

「フレイムシールド!」

 如月が空間に炎の障壁を発生させる。
 それは、如月とネルフェニビアを包み込んだ。
 魔導弾は滝のようにシールドに衝突し、ことごとく霧散していった。そのために、弾幕が発生する。

「サンダーディヒューズ!」

 ネルフェニビアが電気を帯びた魔力の塊を発生させた。 そしてそれは彼女の一言で一気に拡散する。

「ファイア!」

 散り散りに分裂して高速で飛び交う物体は、次々に獲物である黒装束を屠る。
 その隙に、如月とネルフェニビアは受付カウンターの奥の通路にある第六倉庫室という場所に身を隠した。
 扉を閉じ、背の後ろで鍵をかけた。もちろん電子ロックもだ。

「くそ。敵が多すぎる」
「持久戦ですね」

 如月はマグナムを構えたままの左腕を下ろした。
 ネルフェニビアは耳をピクピクと動かして周囲の音に警戒している。
 そんな時、

『合成魔法だ』

 とアストラルがいきなり言った。

「は?」

 いきなり言われて怪訝な表情を浮かべる如月。
 そこに慌ててネルフェニビアが解説に入った。

「つまり二種類以上の魔法を掛け合わせる事です。可能と言えば可能ですが、難易度は単体魔法よりもかなり上がります」
「なるほど。けど、それでどう敵を潰すんだ?」
『戯け。それを考えるのがお前の仕事だ。ヴェリシルのひよっ子よ、お前も答えは言うな』
「アストラルは俺の親父か……!」
『何か言ったか?』
「いや、何も」

 頼ろうとすると、必ず説教が一言二言おまけ付きでやって来る。
 これではアストラルが父親役ではないか、と溜め息も出たくなるほどに思う如月。
 しかしながら、そんなアストラルとのやり取りは決して嫌なものではない。むしろ楽しいと思うくらいだ。
 人が心の師と崇めたくなるような人物に出会った時に抱く感情とは、まさにこれなのではないのだろうか。
 如月はそんな事を考えながら、別な事も考える。
 この状況下での合成魔法によるメリットやデメリット、もし使用するとしたら、何が効果的なのか。
 魔法についてが全くの無知である如月にとっては、常に悩まさせられる問題であり、深く考えるだけで頭が痛くなる。
 ここで如月は気付く。視点を変えてみるのだ。どんな合成魔法を使うかではなく、一度に複数の敵を倒せる魔法は何か。
 複数の敵を倒すには、大出力による広域攻撃が一番手っ取り早い。しかし、それは魔力の大量放出を意味するのであって、失敗すればこちらの命が危ない。
 ならば、答えは自然と導かれる。

「拡散攻撃だ。電気系魔法を俺がマグナムで威力増強とともに拡散させる。それを上手くコントロールして、敵をホーミングすれば………」
「そこまで考えつくなんて、耀君は凄いです……」

 ネルフェニビアは、思わず感嘆を漏らした。

「初めて魔法を扱って間もない人が、ここまで策を立てるなんて、なかなかできない事なんですよ?」
「そうなのか? まあ、能力は人それぞれだから何とも言えないが…………合成魔法、できるよな?」
「え? あ、はい。私は大丈夫ですが、耀君が……」
「なんとかするさ。たぶん感覚を掴めばいけるはずだ」

 如月はマグナムの撃鉄をゆっくりと引いた。


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