機動戦艦雪風


[09]スラバヤ沖海戦 後編


「機関良好。駆動伝達、異常なし。いつでも行ける。」
零戦のコクピットで、修がスイッチをパチン、パチンと親指で弾きながらつぶやく。そして機体に取り付いた整備兵に親指を立てて見せる。
修のサインを確認すると、整備兵は機体から飛び降り、カタパルトの奥へ走り去る。
「向坂修、零戦、出撃する!」
カタパルトの天井に設けられた信号灯に緑が灯る。修が操縦桿を一気に押しやると、電磁射出式カタパルトのレールから、零戦が射出される。
修の零戦に続き、きららの一陸がカタパルトに搬出される。きららは分厚い牛乳瓶眼鏡を外すと、ヘルメットを目深に被る。
「一陸、出撃準備完了。焦らさないでよ?」
口角を吊り上げながら、きららはレバーを人差し指でトントンと叩いている。そして天井の信号灯に緑が灯ると、操縦桿を目一杯押し込む。
「久寿川きらら、一陸、出るっ!」
レールから青白く、細い稲光が弾けると、空水色の一陸が急加速して放たれる。
「っ、この加速G…子宮に響くっ!」
恍惚の表情を浮かべながら、きららは嬉しそうに錐揉みしながら前線へ向かう。
「何が楽しいんだか。」
遥は一陸を冷めた瞳で睨み付ける。そこに、由紀から通信が入る。
「姫百合中尉、聞こえますか?」
遥は応えない。その無愛想な様子に由紀は少したじろぐも、言葉を続ける。
「あなたの身上調書、読ませてもらいました。これからのあなたの行動次第で、起爆装置を外す権限を加藤中佐から与えられました。ですから、あなたもどうかそのつもり―」
「姫百合遥、出撃する。」
言葉を遮られた由紀は、慌てて手元のキーボードに「何か」を打ち込む。遥はチョーカーの赤い光が消えたのも確認せずに、操縦桿を押し込む。
無事に隼が発艦したのを見届けると、由紀はふう、と溜め息を漏らす。するとそこに通信が入る。
「小牧いろは、かるた、出撃する。」
いろはからであった。
「小牧両少尉、あなたたちは休んでいていいのですよ?」
由紀がそう呼びかける。だがいろはは意に介した様子もなく、「問題ない」と一言だけ告げた。
「いいんですか?」
優が由紀に尋ねる。由紀はもう一度溜め息を吐くと、
「構いません。お願いします。」
二式複戦がカタパルトから射出される。いろはは空中で二式複戦を人型に変形させると、電磁加速式長距離狙撃砲を構える。
「敵艦正面5824メートル、南西の風、秒速2.2メートル。」
いろはが座標を読み上げる。そして後席のかるたがレバーを傾け、ジャワに照準を定める。
そして無表情のまま、トリガーを引く。だがその射線上には修の零戦があった。

零戦のコクピットにアラームが響く。それは後方から放たれた電磁加速式長距離狙撃砲の弾丸に対してであった。
「うおぉっ!?」
修は咄嗟に操縦桿を傾け、その弾丸をかわす。
「あっぶねぇな!なにしやがる!!」
堪らず怒声がもれる。だがいろはは全く動じることもなく、
「貴公なら避けられよう。」
「…ならコイツは少尉に任せる。俺は後続の―」
「どけどけどけどけぇっ!!」
「のわっ!?」
修の零戦のすぐ脇を、きららの一陸が高速でかすめて行く。一陸はそのまま人型に変形すると、懸架していた対艦刀を構え、ジャワの甲板に降り立つ。
「ふっ…ふふふふふ。」
きららは口角を吊り上げると、対艦刀を浅く甲板に突き刺した。
「さーて、いつまで保つかしら?」
モニター越しに艦橋を睨み付けながら、きららは薄く笑みを浮かべる。
「…」
苦虫を噛み潰している修の脇を、今度は遥の隼がかすめて行く。遥は隼の機銃を撃ちつつ、ヒューストンに接近する。
ヒューストンは弾幕を張り、回頭して戦線を離れようとする。だが銃座はひとつ、またひとつと隼に破壊されていく。
ヒューストン艦長、J・B・ゲイは煙幕を展張し、なおも戦線を離脱しようとする。だがヒューストンのほとんどの機銃座を破壊した隼は煙幕の中に突進する。
「姫百合中尉!?」
やがて姿が消えようとする隼に修は焦ったように叫ぶ。そんな修の焦りは知らんとばかりに、遥は冷ややかに吐き捨てる。
「黙っていろ。」
「…」
修は大きく溜め息を吐く。
「なんなんだよ、こいつら…のわっ!?」
呆気にとられていた零戦をめがけ、パースの放った主砲の弾丸が迫る。修は機体を捻り砲弾をかわすと、戦闘機型に変形し、パースに向かう。
パースは弾幕を張りつつ後退する。だが零戦は事もなく弾幕を掻い潜り、パースの懐へ入り込む。
そしてブリッジの目の前で人型に変形すると、腰元に懸架していた短銃身機関砲を構え、ブリッジをロックする。
「悪いな。これは戦争なんだ。」
修は操縦桿の引き金を引く。弾丸はブリッジに着弾する。そしてその数秒後、パースは閃光を瞬かせ、爆音を響かせた。
「さて、あいつらは―」
修は後ろを振り返る。

「ははははは!早く逃げないと沈んじゃうぞ?ほら、ほら、ほらぁ!」
きららは嬉々としてジャワの船体を対艦刀で切り刻む。一方小牧姉妹は無機質に、無慈悲に電磁加速式長距離狙撃砲を撃ち続ける。
煙幕を展張したヒューストンは、残された機銃座と主砲を、遥の隼に集中させる。だが隼はビクともせず、人型に変形しヒューストンの甲板に降り立つ。
そして両腕をゆっくりと水平に挙げると、仕込み機関銃で主砲と残りの機銃座を破壊する。そしてそのまま、両腕を艦橋に向ける。
隼のコクピットには、恐怖に慄く管制官の表情が映されていた。だが、遥は両腕を降ろし、戦闘機型に変形して甲板から飛び立った。
「姫百合機、敵艦を放置して帰艦ルートに入りました。」
雪風の管制官が告げる。煙幕を高速で突き抜けた隼を確認した優は、すぐさま遥に通信を開く。
「何をしている、中尉。命令は殲滅だぞ?」
「興が乗らん。」
「な…中尉、なにを―」
優の言葉を遮るように、遥は通信を一方的に閉ざした。その始終を見ていた由紀は小さく溜め息を吐いた。
「どうしますか?艦長。」
優は由紀を見上げる。由紀は浮かない表情のまま、
「構いません。収容してください。―加藤中佐の苦労が解りますね。」
「上官殺し…ですか?」
優のその言葉に、由紀はキッと目を細め優の瞳を射抜いた。
「―失礼しました。」
優が謝罪すると、由紀は表情を崩し、申し訳無さそうに苦笑いした。

隼の攻撃から逃れたヒューストンは、早々に戦線を離脱する。そしてその後ろを、零戦の一撃から九死に一生を得たパースが続く。
だがジャワは一陸と屠龍の集中攻撃により大破、炎上し、漆黒の海へ沈んでいった。
「敵艦二隻、離脱していきます。」
雪風の管制官が告げる。
「機関全開、追撃します。人雷各機に通達してください。」
由紀は神妙な面持ちで命令を下す。しかしそこに、田中からの通信が入る。
「全艦進軍停止。敵の行く先もバタビアしかあるまい。今のうちに隊列を整えよ。」
「はっ。」
由紀が敬礼する。
「貴官らの能力はよくわかった。指揮系統に問題があるようだがな。」
「申し訳ありません。」
「人雷全機収容後、隊列に戻れ。」
「はっ。」

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