第38章


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余裕ぶった態度でマニューラは軽口を叩き、陽気に笑ってロゼリアに背を向けた。だが、ロゼリアは不安でたまらなかった。一匹で十分だとマニューラさんは言ったけれど、裏を返せばもう僕に構っている余裕など無いということではないのか、と。
 じわり、とマニューラの左腕から滴る雫。薄く赤みが混じり、無理矢理凍らせていた傷口が開きかけているのがロゼリアにもわかる。だが、引き止めようとしても、後ろ姿から滲み伝わってくるがらりと変わったマニューラの雰囲気が、ロゼリアの声を凍えるように縮こまらせて喉の奥へと押し込んでしまう。それは狩りへの出発前、自分に絡んでくるニューラを止めてくれた時に一瞬だけ感じたものと似ていた。もしも声を掛けてマニューラが振り返った時、一体どんな表情をしているのか考えただけで、ロゼリアは怖じ気が走りそうになる。それ程の研ぎ澄まされた鋭く冷たい凄みだった。

 纏わり付いていた光はイノムーを覆いつくし、その大きさをどんどんと膨張していく。一際強く輝いて光が収まると、イノムーは今までの二倍近い体躯をもつ巨獣――マンムーへと変貌していた。更に猛々しく成長した二本牙を振り上げ、マンムーは地を揺るがすような吠え声を上げる。毛並みの下からあらわになった眼を血走らせ、己の変化に戸惑うことなくマンムーは憤怒に身をまかせ突き進んだ。
 右の鉤爪を伸ばし、マニューラは勢いよく飛び出す。何か援護をしなければマニューラさんが危ない、と思っても追い付けず、気が急くばかりでロゼリアは何もできない。強くなれた気でいたが、結局それはマニューラ頼りのものだった。一匹だけではまだろくに手助けもできない半人前という事実にロゼリアは気付いてしまう。
 しかし、ロゼリアの心配など殆ど杞憂に過ぎなかった。直後、マンムーから上がる悲鳴のような唸り声。そしてマニューラの高笑いと、ニューラ達の歓声。

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