第25章


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 カイリキーはまた体をぶるっと震わせる。怖じけを払い落とすように、自分の両頬をばちんと叩いてから、再び口を開いた。
「すぐに分かったわん。あれが“奴”だって。ゆっくりとこちらの方に奴は歩いてきた。小さな体のはずなのに、あたしより何倍も大きな猛獣に迫られているような気分になったわぁん。
 それはもう絶望したわねぇ。噂が全部真実ならば、地獄の業火から這い出てきた悪魔に出くわしたようなものよぉ? 抜けそうになる腰を必死にこらえさせわぁん。
 あたしはとにかく飼い主を守ろうと必死になった。玉砕覚悟で捨て身の構えで迎え撃とうとして……そこから先はもう覚えていないのよぉ。
 気付いたときにはあたしの飼い主は捕虜として敵に捕らえられたらしくて――あたしはモンスターボールにずっと閉じ込められてたわぁん。それで元の飼い主とはお別れ……どうなったかも知らない。
 それから色々あってあたしはこのカントー地方に自分の意志では無く連れられて来て、いけ好かない新しい飼い主の元から逃げ出して、今のあたしがあるわけよぉん」
 本人も言っていたとおり、この手の話には大抵、尾ヒレが付くもの。このカイリキーが話す内容にも多分に誇張表現が盛られているのだろうが、そのピカチュウがかなり恐ろしいのだろうということは伝わった。
 あの時、頭に響いたピカチュウだったと名乗る不思議な声からは、カイリキーが話すような恐ろしく冷酷な印象は受けなかった。むしろその逆、穏やかささえ感じる程だった。
 どうやら俺が感じた心の引っ掛かりのようなものは気のせいだったようだ。あの声の記憶もただ唐突に思い起こされただけなのだろう。俺は何を期待していたのだろうか。



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