第24章


[02] 




 幻や幻聴などでは無い。ぐぐりと四肢に力を入れ、アブソルは立ち上がった。驚いたことにアブソルが背中に受けた傷は既に塞がっており、傷跡も徐々に消え始めていた。毛並みの赤い染みもそれに伴い漂白されていく。
「驚いた? ボクも驚いた」
「一体、どうなって――」
 嬉しさ、驚き。色々な感情が沸き立ちながら混ざり合い、自分が現在どういう表情を浮かべているのかわからない。少なくとも冷静を装える表情でないことは確かであろう。
「……ボクは何があっても死ねないみたい」
 どういうことだ? 浮かび上がり口に出そうとした疑問を遮るように、アブソルは俺の顔を覗き込んできた。じろじろと目元辺りを見つめてくる。
「目、少し赤いよ」
 はっ、と我に返り、俺は急いで顔を背ける。俺としたことが何たる醜態。顔に熱が集まる。
「気のせいだ、お前の目の色が映っただけだろう」
「ふふ、弱虫」
「う、うるさい! 手下ではなく同等な友として、この程度のことで死なれては困るのだ。いいから早くここから出るぞ!」
 顔を向けずにアブソルの肩の辺りの毛並みを掴み、手を引くように出口へ引っ張って行く。

 この時、俺は気付けなかった。
 アブソルの思い詰めたような表情に。そして不気味に泡立つ黒い邪悪な水溜まりに――。



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