第六章


[08]潜入D


さて、皇城の中を進むトゥーリ旅団。先程までの賑やかな演奏は止まったまま、皆それぞれに多少の会話をしているとはいえ静かなものだ。

あれはあくまで、碧門の国家警備軍を惑わす役割に過ぎなかったらしい。

そんなトゥーリ旅団は、国から国へと芸を糧に渡り歩く本物の旅芸人だ。

籠もりきりでも情報通で顔の広い灰の計らいに寄り、たまたまハイルラルドに来ていた彼らを捕まえ、城の潜入に協力してもらったのである。

サイクレスから見ればかなり無茶な話だが、団長は二つ返事で快く引き受けてくれた。



「他でもないユアンさんのお願いです。何より優先させますよ」

ずんぐりした団長はそう言って、灰の白い手を両手に包んで握りしめた。

「デイロン様にはいつも無理を言ってすまぬな」

対する灰は、妖艶に微笑みながらスルリと手を抜き、代わりに触るか触らないかの絶妙な加減でデイロン団長の頬を指先で掠める。

思わずその白い指先を目で追うデイロン。体格に似合わない、つぶらな茶色の瞳に浮かぶのは、灰への崇拝に等しい。

何となく見てはいけないものを見たような居たたまれない気持ちと、この人に任せて大丈夫なのかという不安な思いに苛まれるサイクレス。


しかし、すっかり灰に骨抜きなデイロン、実は結構な遣り手だったらしく、自身のツテを駆使すると半日で登城の準備を整えてしまった。

以前にも宴に呼ばれたことのある実力派の芸人とはいえ、いくら何でも約束を取り付けるのが早すぎる。

その為、準備が整ったとの連絡を受けたとき、サイクレスは納得しかねる渋面をしていた。

「サイスさんは何だかご不満な様子ですね」

柔和な顔はそのままに、ずんぐり団長デイロンが話し掛ける。

「いや、そのようなことは・・・」

否定はしつつも、釈然としていないのが丸わかりだ。

「段取りが、出来過ぎているとお思いですね」

「・・・・ああ」

根が素直なサイクレス。重ねて問われ、あっさり肯定する。

「まあ、無理からぬことですな。しかし蛇の道は蛇と申しますか、我々には皇城への独自のルートがあるのです。無論、全ての人間が知っているわけでも使えるわけでもありませんが・・・・・」

言外に特別だという含みをもたせるデイロンの説明に、更に眉間にシワを寄せて厳しい顔をするサイクレス。
城を守る軍人には聞き捨てならない話だ。

「・・・・・独自ルート?それは不正を働くということではないのか?」

デイロンの口元に浮かぶ笑みが深くなる。

「それは申し上げられません。ですが、皇城への入城は正規の手続きを踏むと数ヶ月は掛かってしまいます。時には、こういったルートが役に立つのですよ」

含んでいるくせに詳しくは語らないデイロン。
完全なる食わせ者だ。

「サイスさん。世の中全てが、貴方のように四角四面で型にはまっているわけではありませんよ。丸いものを型に嵌めるにはゆとりも必要でしょう? こういったルートは国という巨大な組織の柔軟性を失わない為にも必要なものです」

デイロンに代わってそう諭したのは蒼だ。

眩いばかりの姿には未だに戸惑うが、本人は外見の変貌などに左右されず、全くいつも通りである。

「そう・・・ソーニャ殿」

普通に呼び掛けようとした瞬間、蒼と灰の二人から同時に睨まれ、とっさに言い直す。

「しかし、不正を許しては国の秩序が保たれず、争乱の元に成りかねない」

清廉潔白に生きてきたサイクレスにとって、不正を働いて皇城内に入ることに、非常な抵抗を感じるらしい。

「別に、私は不正を推奨しているわけではありませんよ。大体、裏のルートではあっても、厳密に言えば許可されたルートなわけですし」

「えっ?」

許可?

怪訝そうなサイクレスにハッキリ顔が見える蒼が説明する。今まで前髪に隠れていた双眸には、呆れたような色が浮かんでいる。無表情のようでいて、顔全体が見えれば多少は感情がわかるものである。

「いいですか、トゥーリ旅団の皆さんの入城は手順を省略しているだけで違法ではありません。ごく限られた者だけの、言わば特権であり、政府側の要望でもあります」


いくら何でも皇城の決め事全てが、数ヶ月前から計画されている訳ではない。
中には突発的事項や、変更により急な手配が必要なこともある。
そのような事情に対処する為、権威と言われるような信用の高い各部門の組織に、特権が与えられているのだ。

例えば今回のような場合だ。

「我々は、亡くなられたエロール=ツァイス伯爵追悼の宴に余興として呼ばれているのですよ」

蒼とサイクレスの会話に補足するデイロン。

「マイナーなセルシウス皇子支持派の中では筆頭だったからな。皇子の後見人でもあった。アドルフ皇王も無関心というわけにはいくまい」

灰は幾分冷ややかに状況を語る。どうもアドルフ皇王に対しては辛口らしい。

「勿論、正式な葬儀は後日執り行われますが、今宵はツァイス伯と親交の深かった貴族連が伯を偲んで杯を交わすのです」

「普通ならツァイス伯爵の館で行うのだが、今回の主催者はアドルフ皇王だ。慎ましくとは言ってもかなりの規模になるだろう」

デイロンと灰の説明にサイクレスは渋い顔のままだったが、納得せざるを得ない。
確かに、死んだ人間を偲ぶような宴に、正規の手続きだからといって数ヶ月もかけるわけにはいかない。


堅物人間サイクレスは、近衛連隊中隊長という立場から、政治には全く関わっていない。

また、サイクレスの父親アーネストは侯爵の爵位を持つ上位貴族であるが、政治に興味が無く、跡継ぎであるはずのサイクレスにもそのような話をする事は無かった。
アーネストは何より、母クレディアへの並々ならぬ愛に生きていたような所があり、10年前にクレディアを失ってからというもの益々交流を絶ち、今はハイルラルド郊外の屋敷で静かに暮らしている。

そのような環境で育ち、尚且つ、直情径行から政府決めた皇城の複雑な決まり事が苦手なサイクレスにとって、法の抜け道や例外措置などわかるはずもなかった。


「私どもが懇意にしておりますのは、政務次官ウェスティン様です。早朝我々トゥーリ旅団が所属しますギルドに、芸人派遣の打診の連絡が入り、選別を本部が行っていたところにウェスティン様より口添えを頂いたのです」

種明かしをするデイロンはちょっと残念そうな顔だ。灰の手前、良いところを見せたかった団長は、詳しい経路を秘密にしておきたかったのだろう。

とは言っても灰が事情を知らない筈はないのだが。



かくして、潜入の事情にも己の変装にも渋々なサイクレスを連れ、トゥーリ旅団は皇城への潜入を果たしたのであった。

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