第六章


[03]団結B


城壁の上で、サイクレスたちがすったもんだの男劇場を繰り広げている頃、自らに捕縛錠を掛けたファーンと、審議会弾劾部第四室長ゼルダンの攻防はまだ終わっていなかった。

攻防といっても、別に殴り合いをしていたわけではない。一言で言うとそれは、
「子供の喧嘩」だった。




「貴様のその反抗的で生意気な態度が、昔から気に入らなかったのだっ」

残り少ない頭髪を振り乱し、ゼルダンは地団駄を踏みしめて、ファーンにがなりつける。

一方、涼しい顔のファーン。綺麗に撫でつけてあった赤褐色の髪の僅かな乱れを、鎖をぶら下げた手でこれ見よがしに掻きあげる。

「反抗的などと、貴公の思い過ごしだ。
大体私は貴公の下で働いたこともないからな。わざわざ貴公への反抗を意識して日々を過ごすなどという、無駄な労力は使っていない」

謙虚さを全面に押し出すような声色と抑揚で、強烈な皮肉を囁くファーン。

その間も、ほつれ掛かるこめかみの髪を後ろに流し、彫金された銀縁眼鏡を押し上げる。

肩を越す程度の赤褐色の髪は豊かで、色艶も申し分ない。
加えて、冷たく整った容貌に、スラリとした体躯。姿勢も良く、艶を消した上品な眼鏡がこの上なく似合っている。

サイクレス程長身ではないが、ファーンの均整が取れた姿はゼルダンが逆立ちしたって適わない。

しかし、実はこの二人5歳しか年齢が離れていない。
しかも、爵位は同じ子爵。貴族でも高位ではない。

しかし、優に一回りは違うように見え、片や皇位継承者の信望も厚い近衛連隊副隊長、もう一方は金で買った名ばかりの新設官職。

年近く、生まれも育ちも同じようなものなのにこの違い。しかも年々差は開いていくばかり。

ゼルダンはファーンへの嫉妬と羨望を日に日に募らせるようになっていった。


「いつもいつも貴様ばかり。なぜ、これほど性悪で腹黒い貴様が重鎮されるのだっ」

丸い顔をこれ以上ないほど険しくしかめ、憎々しげに睨むゼルダン。

もはや嫉妬は憎しみへと変わっていた。

一方、言われたファーンは顎に手を当て、何やら考え込む。


そして・・・・・。


「ふむ、私と貴公の違いか・・・・・・・。そうだな。まず私は貴公のように太って走るより転がった方が速いような体型にはなっていないし、活字を見ると眠くなり、書物は枕にしか使ったことのない貴公と違い、目が悪くなる程読んだお陰で知識も広く深い。また毎日肉、酒、女と怠惰な快楽生活の貴公とは比べるべくもなく、日々の努力も欠かしていない。常に冷静で居られるよう状況把握を疎かにせず、人間関係はよいに越したことはないので、社交場での話術も身につけている。
結果、見た目良し、中身良し、ハゲなしの私が、見た目エール樽、中身オヤジ、風にそよぐ残り毛の貴公よりも人々の信頼を得られるのではないだろうか」


容赦のない、比較検討をした。

「・・・な、この、き、貴様」

あまりに率直で鋭い言葉の刃に、ゼルダンはまともに返せない。



(・・・この人、鬼だ)


そして、その場にいた国家警備軍全員がそう思った。

誰が見ても逆恨み。ゼルダンに同情の余地はないが、ファーンが性悪なことは間違いなさそうだ。

「大体、貴公は考えが甘い。今とて、私を捕縛出来ることが嬉しくて、周りが見えていないのだろう。少しは周囲に気を配ったらどうだ?」

ファーンはひんやりとした冷笑を口元に浮かべ、じゃらっと鎖を鳴らして腕を挙げる。


「くっ、き、貴様ぁっ、まだ私を愚弄するか!
自惚れるな、貴様を捕らえることぐらいどうということはないっ!! 大体周りが何だと・・・」

先程のダメージから立ち直ったものの、頭に血が上っているゼルダン室長、売り言葉に買い言葉とばかりに勢いよく周囲に目を向ける。

二人の様子を固唾を呑んで見守っていた国家警備軍の兵たちも、その言葉に自分たちの包囲の外に首を巡らす。


そして、全員が愕然とした。


「!!!!!」

徐々に輝きを失いつつある、残照のような月の光に照らされて、明け始めた藍色の空に浮かび上がる無数のシルエット。

宿舎を包囲する国家警備軍の更に外側を、揃いの軍服が取り囲んでいるでないか。


「なっ、これは、近衛連隊?」

暗くてはっきりとはわからないが、揃いの軍服は深紅色だ。これが昼間ならば、金モールの縁取りと金の肩当てが確認出来たに違いない。

慌てるゼルダンの目に飛び込んできたのは、玻璃の門の城壁の上、風に大きくはためく近衛連隊の旗。深紅の地に銀の盾の紋様は皇王の盾となる臣下を現す。

ぐるりと見回すと、近衛連隊宿舎を中心にする半円状の陣で完全に囲まれている。
その数は、ゼルダンが借りてきた国家警備軍の数倍、優に五百は超えるだろう。

陣形に取り込まれた中、唯一軍服の群が見えないのは、正面の近衛宿舎だけだ。

だが宿舎の中には、近衛連隊第一中隊隊員数百名が扉の影や窓の下、部屋の壁にも身を寄せて、彼らの副隊長ファーン=フレディスの行く末を片時も見逃さないよう見守っている。

手薄とはとても言えない。


「な、な、な、何だ貴様らっ。我々は審議会弾劾部なるぞっ。この赤旗が見えぬかっ」

ジリジリと国家警備軍らのところまで後退りしつつ、ゼルダンは無言で押し迫る軍服の群れに怒鳴る。そして兵士の一人が掲げていた赤旗を己の手に持った。


まるでその下だけは安全だと言わんばかりに。

「こ、これだ! この赤旗は重犯罪者捕縛の証っ。き、貴様等の上官は、犯罪者だ!! 逆らえば、貴様等とて同罪だぞ」

ゼルダンは焦るあまり赤旗を振り回してわめき散らす。

当初の余裕はどこに行ったものか、みっともないくらいの取り乱しようである。


「・・・・・」


近衛隊員たちは無言だ。相当な人数にもかかわらず、誰一人声を上げない。

そして置物かと思うくらい微動だにしないのだ。


「・・・・・・・」


すっかり気圧されてしまったゼルダンも二の句が接げなくなる。

息をするのも憚られるような、恐ろしい沈黙がその場を支配した。






そして、ゼルダンの脆弱な神経が極度の緊張に耐えられなくなった頃、沈黙を破ったのは彼の目の前の人物だった。


「皆下がれっ。審議会に逆らうことまかりならん!!」

通りの良い堅い声。決して声質がいいわけではないが、不思議と耳に残る。

いや、聞くと背筋が伸びると言った方がいいか。

「・・・・フレディス」

渦中の人ファーン=フレディスが、厳しい表情を作ってシルエットたちに命を出した。

「私は審議会弾劾部第四室長ゼルダン殿の携えられた、正当な召喚状に基づき、捕縛の身となる。
ここで貴公らが騒ぎを起こせば、連隊長のお立場にも響く。退くのだ」


奇しくもゼルダン最大の敵がこの場の収集にあたる様は、彼にとって屈辱以外の何者でもない。
だが、先ず大事なのは己の保身だ。

ファーンの話を黙って聞いている。


「フレディス副隊長!」

と突然、軍服の群れからファーンに呼び掛ける声。

声の主は城壁の上だ。

はためく近衛連隊の旗の下、顔はよくわからないが、声量はその場の全員に聞こえるほど素晴らしい。

「小官は近衛連隊第二中隊中隊長補佐官ダンジェ=ヴァルトであります。第二中隊長サイクレス=ヘーゲル不在につき、小官指揮の下、お勤めに出られる副隊長をお見送りに参りました!!」

白み行く空に響くダンジェの声。発声も申し分ない。


「な、お、お見送り?」

状況が飲み込めないゼルダンをよそに、ダンジェはシルエットでもそれとわかるくらい直立不動を保ち、言い放った。



「全員、ファーン=フレディス副隊長に敬礼!!」


びしぃ!!



夜明けの空の下、音が聞こえそうな五百人からの敬礼は、その後長く語り継がれる程に壮観なものだった。

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