第六章


[02]団結A


「・・・・・・みな、よく聞いて欲しい」

静まり返った城壁の上、彼らの隊長であるサイクレスが口火を切った。

戸惑いは去らないが、補佐官が怖くて押し黙ってしまった隊員たちは、その呼びかけに一斉に首を巡らす。

数十人の中でも決して埋もれることのない、高い位置の銀髪が、ほんの少し闇色の薄らいだ空の下で白く浮かび上がる。

月から雫石が滴っているようだ。そう、誰かが思った。

全員を見返すサイクレスの藍色の瞳には、もう先程までの狼狽はない。
実を言うとちょっぴり心拍数は昇気味だが、中隊長の意地と気合で平静を装う。

「フレディス副隊長の拘束は事実だ。罪状は、そ・・・ソウ殿が話された通り、殺人。そして容疑者は二人」

「!!」

二人?

「・・・じゃあ中隊長」

その、もう一人が犯人なのでは? 話に耳を傾けるその場の誰しもが思う。

「・・・・・いや、それはない」

ハッキリとした口調でサイクレスは首を振る。握り締めた拳の中、汗が滲んだ。

「そのもう一人とは、他でもない、私なのだ」

「なんですって!」

その瞬間、傍らのダンジェが思い切り身を乗り出した。その迫力は先程の一喝の比ではない。

中隊長命のこの補佐官にとって、敬愛するサイクレスに容疑を掛けられることは耐え難い屈辱だったらしい。

「連中、何だってそんな根も葉もない嘘をっ。サイクレス様が殺人? 何て低俗なでっち上げだ」

興奮して声を荒げるダンジェ。

中隊長への忠誠心から出た言葉にしても、つくづく優秀な補佐官である。
一分の隙もなくサイクレスを信じ、何の迷いもなく罠だと即座に言い切ってしまうのだから。サイクレスにとって、これ以上素晴らしい部下はいない。

「・・・・・ダンジェ」

うっかり感動してしまったサイクレス、思わず言葉を途切れさせる。

補佐官の余りに早い反応により、周囲の隊員たちも疑う間もなく濡れ衣を信じ、ダンジェの言葉に胸を熱くする。そしてサイクレスに信頼の眼差しを注いだ。

それどころじゃない筈の緊急事態で、場違いな男たちのドラマが繰り広げられる。

「うーん、信頼が厚いですね。いや、熱いって感じですか」

思わぬ男劇場を見せられ感心する蒼。だが口調はいつにも増して棒読みだ。

しばしその場を先程とは違う沈黙が支配する。



「・・・あー、皆さん。そんなわけで、今現在近衛連隊の幹部の方々は全員動けない状態です。
審議会弾劾部に嫌疑を掛けられたのはお二人ですが、ここにいるサイクレスさんを逃がす為、副隊長殿自ら捕らわれの身になられました」

沈黙を破る、淡々とした蒼の口調は相変わらずだ。いや、何だかいつもより更に無感情に聞こえる。

しかし、暑苦しく盛り上がる男たちにとって、蒼の平坦な声など問題ではない。

自分たちの副隊長が犠牲を払ったという事実に、皆勝手に胸を打たれる。

「おおおぉ、フレディス副長! 何て高潔な方なんだぁぁぁ」

「我々の中隊長の為にそこまでされるとは!!」

「副長は男だっ、いや、漢(おとこ)だ!!」

「私は、私は感動で前が見えません!!」


良家の子弟ばかりの筈なのに、この国境警備軍にも負けない男臭さはなんだろう。

「関わるの、誤りましたかね」

蒼は温度のどんどん上昇していく野郎の群れに目を細めている・・・・としか思えない様子で一人ごちる。

蒼の周りだけ、空気が白さを帯びていた。

「さて、皆さんお気は済みましたか?
下の方々に、いつまでも隠れて待機いただく訳には参りません。次の手に行きましょう」

遂に男泣きも始まったムサい集団に、パチパチと手を叩いて取りまとめる蒼。

引率の教師のようだ。

「そ・・・・・ソウ殿、次の手というと?」

やや赤い顔のサイクレスが慌てて振り向く。野郎集団にすっかり感化されている。
目尻をこっそり拭ったのは、ゴミが入ったからではあるまい。

この男、結構重い過去を背負っているくせに、単純過ぎる。

「やはり副長の奪還ですかっ?」

勢いよく手を挙げてそう言ったのは、年若い隊員ヴィクトリアンだ。

若い彼の意見に集団ヒステリー状態の隊員たちが次々に賛同していく。

「おお、副長をお助けしよう!!」

「国家警備軍になんか我らが負けるものか!」

「一気に攻め込もうっ」

「私も下に降りるぞ!」

「おおっ!!」

げに恐ろしきは男どもの暴走。

ヴィクトリアンの意見を皮切りに、またしても場は騒然となる。今度は、上官に冤罪を掛けられたと燃えるダンジェも止めはしない。

「みんな、行くぞっ」

むしろ先導しかけているダンジェ。

「こらこら待ちなさい」

呆れる蒼。どうして男は集団になるとこうも血が沸騰しやすいのか。

「ほら、サイクレスさん。貴方中隊長でしょう。皆さんを止めてください。闇雲に突っ込んでも、泥沼化して最終的に全員監獄行きです。
ジュセフ皇女を助けるどころか、誰も証言台に立てませんよ?」

ジュセフの名に、サイクレスは雷に打たれたように体を硬直させた。

「ジュセフ様っ」

どうやらみなの勢いに頭から抜けてしまっていたらしい。単細胞にも程がある。

「そうだ。皆待て! 我らの目的は三日後開かれる審議会にて、連隊長ジュセフ様の疑いを晴らすこと。ここで国家警備軍と一戦交えるわけにはいかんっ」

やっと中隊長らしい発言が出るサイクレス。ダンジェが中隊長命なら、サイクレスは連隊長命の人間。自分の使命を自覚する。

「私も先程は状況が理解できず、皆を召集してしまった。しかし、今は先に捕らわれた連隊長、緋殿の安否を優先させねばならん。ここは国家警備軍に気付かれる前に潔く撤退を・・・・」

「ちょっと待ってください、サイクレスさん」

撤退宣言を出す直前、蒼が横槍を入れる。

ぐるぐる絡まっている艶のない巻き毛が、城壁を渡る風に更に煽られている。
その時、強く吹いた一陣の風が、蒼の厚い前髪を浮き上がらせ、その奥の冴え冴えとした青色をほんの一瞬閃かせた。

サファイアのような蒼の右目は、悪戯を思いついた子供のようにキラキラと輝いている。

「せっかく出動頂いたのです。皆さんで大いにフレディス副隊長殿をお見送りいたしましょう」

普段あまりに感情が出ないだけに、蒼の声は珍しいくらい楽しげに響いた。

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