第五章


[02]罠@


近衛連隊の兵舎は、貴族の家々を抜けた岡の上、皇城を形作る外城壁と内城壁の間に建てられている。

間と言っても外壁と内壁は優に300メートルも離れており、城を囲む広大な敷地だ。

その為、ここには近衛連隊以外にも様々な機関が設置されており、実質的に国家運営の要となっていた。

そしてそんな外壁から城内への守りが、近衛連隊の任務である。

城内には近衛の他に国家警備軍も詰めているが、彼らの仕事はあくまで各部門の警備や要人の警護。内城壁より外は管轄外なのだ。

その為、外城壁は近衛連隊に一任されていた。



近衛連隊の兵舎は二カ所ある。
街側の正面に建てられた玻璃の門と、山脈を臨む背面、瑠璃の門。

それぞれを第一中隊、第二中隊で分担し、堅固に守っている。

兵舎内部は隊員たちが常駐する宿舎、軍馬用の厩舎、馬術や剣技の鍛錬場から成り、特に石造りの鍛錬場は時たま闘技大会などが開催されることから、観覧席も完備している。

隊員たちが寝泊まりする宿舎内は、一般隊員の大部屋と兵役以外の雑務をこなす使用人たちの小部屋、幹部の執務室とに分けられている。

この兵舎での幹部は、連隊長、副隊長、第一中隊長の三人になり、第二中隊長サイクレスの執務室は瑠璃の門の兵舎にある。

そして今、玻璃の門の幹部執務室の住人は、副隊長ファーン=フレディスのみであった。


朝の早い軍隊生活は、宿直当番以外夜も早い。
寝静まり、灯りが落とされた宿舎の中、副隊長室だけは未だ煌々と明るい。

副長ファーンは、今日も眠れぬ夜を過ごしていた。

二十代後半のファーンは、こんな夜中でも赤褐色の髪を綺麗に撫でつけ、軍服でこそないが、とても部屋着には見えないかっちりとした格好で書面に目を通している。
無表情な顔に眼鏡を掛け、黄色味がかった琥珀色の瞳が文字を追う度、僅かに動く。



連隊長ジュセフが拘束されて7日、いやもう8日目に突入した。

状況は芳しくない。

二日前、顧問毒操師である緋が毒薬の製造を認めてからというもの、ジュセフ共々すっかり犯人扱いとなってしまった。
以来二人は厳重な管理下に置かれ、情報が全く入らない。

買収していた城内の警備兵からの連絡も、ふっつりと途絶えている。

バレたのか、機密化が進んだのか。

使いに出したサイクレスさえ、未だ何の音沙汰もない。
例え毒操師に依頼を断られたとしても、あの忠義者が逃げるわけはない。必ず戻ってくるはず。

となると途中で何かあったのか。


実のところ、ファーンはサイクレスが依頼を遂行出来るとは思っていなかった。

彼は勿論、毒操師への依頼が使用者本人からでなくてはならないという、必須条件を理解していた。

だからこそ、試しに暗殺を実行するサイクレスを行かせてみたのだ。

だが、毒薬使用の発案者は自分だ。あの純朴なサイクレスを見て、彼自身の考えではないことはすぐに見破れるはず。


そこからが、勝負だった。

一片の悪意もなく、ただ主を思い、助けたい一心で訪ねてきたサイクレスを普通なら無下にはできない。

特に蒼は、多くの毒操師が依頼の多い都会を好む中、人里を嫌い丘陵地帯の森の畔に居を構える変わり種だ。

打算のないサイクレスを突き放したりは出来ないだろう。

上手くすれば、正当な依頼者の自分と会う為、蒼をここに連れて来られるかもしれない。

ファーンはそう考えていた。



奇しくも蒼は、近衛連隊きっての頭脳派、ファーンの思惑通りの行動を取らされる結果となっていたのだった。





「副長!!」

激しい足音と共にファーンを呼ぶ部下の声。

宿直の隊員だろう、かなり慌てている。

「どうした?」

ファーンは書面を机の引き出しに入れ、鍵を掛けると扉を開けて廊下に出る。

そこには息せき切って駆けてくる部下。
まだ若い、十代の隊員だ。

彼が余りに激しい物音を立てて来た為、他の隊員たちが目を覚まし、何事かと廊下のそこ此処から顔を出す。

「た、たた、たい、大変です!」

隊員は激しく動揺し、言葉も覚束ない。

「少し落ち着け。深夜だぞ」

一方ファーンは眼鏡をスッと上げ、冷静さを見せつける。
内心様々な思いが飛来し錯綜していたが、表情は全く動かない。

しかし若い隊員は落ち着くどころではなく、荒い呼吸を繰り返しながら報告する。

「し、宿舎が、け、けい警備軍、に、包囲されて、います!せっ、せん、先頭に赤旗が!!」

その瞬間、場が一気に騒然となった。

ファーンの無表情すら僅かに揺らぐ。

「・・・・・確かか?」

眼鏡に手をやり、ズレてもいないのに押し上げる。声が少しかすれた。

「は、はいっ、た、松明に、煽られて、ハッキリと見えました!」

赤旗とは、審議会弾劾部の印、即ち犯罪行為への逮捕礼状だった。

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