第四章


[02]策士@


真夜中のハイルラルドの街は、喧騒が少しずつ遠のき、落ち着いた雰囲気を取り戻す。

だが一方で、灯りを煌々と付けた店の軒先、派手な衣装と化粧を施した、極楽鳥のような女たちが行き交う人々の手を引き、店の中へといざなう。

ハイルラルド歓楽街。
愛姫たちの集う一角。


「お兄さん、あたしと一晩どお?楽しい夢が見られるわよ」

「まっ、いい男。あたしとイイコトしましょうよ」

「あーんなことも、こーんなこともサービスしちゃうわ」

艶やかな愛姫たちはしなを作ってそう言うと、客の腕に甘い香りのする身体をすり寄せていく。

みな一様に襟が大きくはだけ、胸元の柔らかな膨らみが灯りに照らされて白く浮かび上がる。


観光客の多い、豊かで安全なハイルラルドのもう一つの顔である。



そんな、遊楽街道と呼ばれる嬌声に満ちた通りを、馬を引いて進む二人の若者。

一人は明らかな美男子で、整った顔と銀髪が人目を引く。先程から愛姫たちにしきりと手を引かれ何度も店に連れ込まれそうになっている。

もう一人は、群青色の外套は珍しいが、もっさりした様子で不気味な雰囲気を醸し出している若者。
髪に隠れて顔がわからないのが不気味さを倍増させている。

さすがにこちらは愛姫たちも熱心には声を掛けない。



宿を出た蒼とサイクレスは一路、近衛連隊の詰め所を目指す・・・・・・・はずだった。


「蒼殿、このような場所に一体何の用があるんだ?」

先程からひっきりなしに袖を引かれ、黒い上衣が弛んでしまっているサイクレス。ちなみに下衣は宿の主人から買い取った濃い茶色だ。
長身のサイクレスには丈が短い為、裾を長靴に突っ込んでいる。

「モテモテで結構なことじゃないですか。もうすぐ着きますから、遊楽街を満喫しててください」

対する蒼は先頭に立ち、遊楽通りを迷いなく歩く。
間違いなく、よく知っているといった足取りだ。

「こんなときに何を言っている。大体私はこのような所に興味はない」

憮然とした顔のサイクレス。

「真面目実直堅物が服来て歩いているような貴方には、確かに縁が無さそうです」

厳しい顔のサイクレスと飄々とした蒼はそれきり話さず、黙々と目的地を目指した。





あれから、宿を出ることになった二人は国境警備兵に別れを告げた。
すると、

「近衛の詰め所じゃ、俺らが着いて行くわけにはいかねえな」

意外にあっさり手を引いた。

「軍関係には、近衛中隊長の事件とジュセフ皇女拘束の話は既に周知の事実だ」

ラトウィッジは真面目な顔だった。

「知らないのは一般市民だけというわけですね」

「そう。だから坊ちゃんが何をしようとしたのかも大体わかる」

サイクレスを見る国境警備軍の二人。
対するサイクレスも眉間に深い皺を寄せ、いつもの表情に戻る。

「俺は、今まで皇女第一のあんたを腰巾着だと思っていた」

サイクレスが眼差しを険しくした。

「いやいや今は違うぜ」

手のひらを向け、弁解するラトウィッジ。

「俺たちは、仲間が大事だ。同じ釜の飯を食っている軍の奴らに何かあったら、きっとどんなことをしてでも報復するだろう」

「ああ、俺も仲間を陥れた奴は真っ先に斬りにいくぜ」

ギディオンもラトウィッジの肩に手を置き、頬傷を引きつらせて不敵に笑う。

「だから、主君の為に汚い手も持さないと考えるのは理解出来る。だが、例え上司の命令だとしても、あんたみたいな優等生が暗殺を引き受けるとは思っていなかった」

ラトウィッジはそこで初めて笑顔になった。

「審議会のとき、あんたが毒にやられたことの証言が必要なら、俺たちが証言台に立ってやるよ」

「え・・・・・」

サイクレスの険しい顔が意外な言葉に緩む。

しかし、そう言ったラトウィッジはもうサイクレスの方を向いていなかった。
心なしか背けた顔の耳たぶが赤い。

「なあ、蒼ちゃん」

成り行きを見守っていた蒼に気安く声をかけるラトウィッジ。

「なんですか? というかその呼び方はちょっと結構、イラッと来るのですが」

蒼は感情も表情も読めないのにそんなことを言う。

「まあまあ、いいじゃねぇか。女の子なんだからさ。つーか、いい?」

「どうぞ?」

微かにムッとした感じの蒼。

「坊ちゃんのとこ仕事終わったら、うちにも来てくれよ」

さらっとしたスカウトだ。
しかし蒼は、

「私はどこにも仕えませんし、気に入らなければ依頼も引き受けません」

コンマ一秒も悩まない。

「はは、そういうと思ったよ。だが考えておいてくれ」

「考えません」

即答。

「ははは、あんたをハーディス様に会わせたかったんだけどな。
まあいいか。そのうち機会もあるだろ」

そう言いラトウィッジは軽く手を振って、ギディオンと連れ立って帰っていった。

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