第三章


[02]皇都A


蒼はカウンターの奥に置かれた大きな樽に近寄る。

中身は酒だ。柑橘系の果物を発酵させた醸造酒である。エールよりアルコール度数が高く、口当たりは爽やかで仄かに甘い。
温暖で農作物の豊富なエナル皇国の特産品だ。

樽はひと抱えもあり、華奢な蒼が持ち上げられるようにはとても見えない。

「手が空いたら息子に運ばせるよ」

店主が樽を眺めている蒼に声を掛ける。
得体の知れない客だが、金をきちんと払っている。ないがしろにするつもりはない。

しかし樽に手を掛けた蒼はいつもの淡々とした口調で、

「それには及びません」

そう言って樽の端をぐっと押し、底の一方を床から浮かすと、隙間に手を入れ一気に担ぎ上げた。

これには店主も驚いた。
大の男ならいざ知らず、こんな細っこい奴が持ち上げられるとは思っていなかったのだ。

「出口はどこです?」

さすがに樽を抱えてカウンターを飛び越すことは出来ない蒼が、店主を振り返る。

「ん、ああ、そっちだ」

思わず見とれていた店主は、店の勝手口を示した。

「ありがとうございます」

軽々とまではいかないが、危なげない足取りでポカンとした顔の店主をそのままに扉をくぐる。

出口は店の裏側に続いていた。


樽を肩に担いだまま、表通りに出ようと首を巡らす蒼。

と、そこへ近づく二人の男。

鋭い目つきの男と頬傷の男、酒場にいた国境警備兵だ。

「よう、あんちゃん。そんなに酒持ってどこに行くんだ?」

頬傷の男がそう言って蒼の正面に立つ。

「ギディオン、お前それじゃチンピラだろう。
なあ、あんた、俺たちは国境警備軍だ。こいつはギディオンで俺はラトウィッジ。
ちょっと職務質問させてくれないか」

後から来た目つきの鋭い方がその横に並ぶ。

二人とも背が高い。特にギディオンと呼ばれた男は隆々と盛り上がる筋肉で、小山のように見える。

蒼は相変わらず何を考えているか全く解らない顔で、二人を見上げた。

小柄ではない蒼も、二人と向き合うとまるで子供のようだ。

一方男たちの方は、厚く掛かる前髪が不気味な蒼と正面から対峙し、ちょっと怯む。

「・・・・・・・・・」

無言の蒼。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

無言の男たち。

「・・・・・・・・・」

「おい、聞いてるか?」

沈黙に耐えられなかったのは、陽気な性格と伺えるギディオンだ。

「・・・・・・・・・・・ふぅ」

蒼は溜め息をついた。

「何だよ、その仕方がない的な溜め息は」

ギディオンがちょっとむっとする。

蒼は無言のまま目の前の二人から身体の向きを変え、別の方向へ樽を抱えて歩き出した。

「おいっ」

「・・・・・急を要するので、御用があるのでしたら付いて来てください」

淡々とした口調で語り、振り向きもせずに行ってしまう。

「おいっ、あんたっ。・・・・・・何だあいつ」

ギディオンは同僚を振り返る。ラトウィッジは鋭い目つきのまま蒼の背中をじっと見ている。

「軍人だって言っても全く動じないな」

「ああ、全くふてぶてしいあんちゃんだ」

どんどん離れていく蒼の背中を呆れたように見るギディオン。

しかし隣のラトウィッジは薄い唇の端がつり上がっている。

「面白そうなねぇちゃんだよ。まあ、付いていってみようぜ」

ラトウィッジは手を振って同僚を促し、歩き出す。

「ん、ああ。・・・・・って、ええ?」

二人は、蒼の群青色な後ろ姿を追い始めた。

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