第三章


[01]皇都@


貿易の街、エナル皇国の首都ハイルラルド。

街は半円を描く湾沿いに栄え、高台に行くほどに貴族の館が軒を連ねて行く。

街並みはアドルフ皇王の大規模な都市開発により、港町だというのに路地が少なく広い道が幾本も通っている。

商人たちが買い付けた様々な品物は、これらの道を通って国の内外に運ばれて行くのだ。

アドルフ皇王は商人たちにとって財産を奪った憎い略奪者だったが、こうして行われた大規模な改革が、その後の彼らの商売に大いに役立っていることは間違いない。

また、この広い道は日の当たらない路地で発生する犯罪や疫病を激減させ、街を様々な意味で清潔にしていた。

安全で清浄な街は賑わい、特に海沿いの繁華街は夜ともなると仕事を終えた漁師に非番の兵士、商談接待の商人、観光客なども入り乱れ、大変な混雑になる。

各々行きつけの酒場で馴染みと酒を酌み交わす、人々の最大の娯楽時間であった。

そんな繁華街の一画に、海牛亭(うみうしてい)という、青い水牛の看板を大きく吊り下げた酒場がある。

特段変わった店構えではないが、海沿いには珍しい、旨い肉料理を出す店ということで、地元の人間に人気があった。




その店内。

幾つもあるテーブルの間を、大皿の肉料理を手に給仕係の娘たちが走り回っている。

そんな中、この店の女将が男顔負けの太い腕で一気に何人前もの皿を軽々と運ぶ。

「はいよっ、スネ肉の煮込み。パンは特大だったね」

女将は柔らかく煮込んだスネ肉の入った深皿を、二人連れの座る一番奥のテーブルにドンっと置いた。
添えられたパンは丸々と大きく、正に特大だったが、焼き立ての匂いが食欲をそそる。

「旨そうだな」

早速と木匙を手にした二人連れの一人がそう言うと、隣のもう一人が呆れたように口を挟む。

「お前は腹いっばい食えりゃなんでもいいんだろ?」

「何を言う。旨くて量があるのが理想だ。ただ腹を満たすのは非常時のみだぞ」

そう言って匙で煮込みを掬うと、片手にパンを持ち、豪快に食べ始める男。

筋骨隆々な身体中、刀傷が縦横無尽に走っている。特に右こめかみから顎にかけてザックリ走る傷は、誰もがギョッとする程の迫力だ。
だが、表情には男の大らかさが現れ、不思議な愛嬌がある。

「旨い!おっかさん、今日の煮込みは最高だ」

「当たり前だろっ、うちの人が精魂込めて作ってるんだよ」

男の賞賛に隣のテーブルにも料理をどっさり置いていた女将が威勢良く応える。

「大将の腕はホントいいよな。うちの食堂で働いてくれたら毎日食べられるのに」

パンで口をモゴモゴさせる男の言葉に、女将は鼻の頭にシワを寄せた。

「あんた、国境警備軍だろ?
そんなとこの賄い夫なんて給料安くて食っていけるかい。うちは家族が多いんだ」

給仕をしているのは、皆女将の娘だ。
ちなみに厨房で店主と一緒に汗だくで働いてるのは息子たちである。

「違いない」

煮込みをかっこむ傍らで、エールを煽っていたもう一人が薄く笑う。

こちらは対照的に酷薄そうな鋭い顔立ちだ。整っていないわけではないが、その視線には背筋がぞくりとする冷たい何かがある。

「ちぇー、俺らだって安月給だよなぁ。飯くらい旨いもの食いたいっての」

ぶつぶつ文句を言う頬傷の男が、最後の肉の固まり頬張ったとき、隣の男が何かを発見したかのように、エールのジョッキを置いてカウンターの方を見た。

「ん?ろうひは?」

同僚の行動に、肉が入って膨れた頬のまま同じくカウンターを見る。

一瞬客の間から鮮やかな群青が見えた。

深い空の色にも見えるそれが、色とりどりのドレスに揃いのエプロンという出で立ちの娘の一人かと思う。

「お前、ここに気に入った子なんていたっけ?」

肉を飲み込む男。名残惜しそうに皿に残るスープをパンで拭い取る。

「馬鹿、よく見てみろ」

鋭い目つきの男が、顎でカウンターを指し示す。

「んん?」

視線の先には一人の人物。
背は低くないが、身体の線はよくわからない。もっさりした木綿の上下、顔はクシャクシャになった黒い巻き毛で覆われ顎の先しか見えない。
だが少なくともがっしりはしていなそうだし、カウンターに伸ばしている腕は皮膚が張って若そうだ。

先程ひらめいた群青は、肩から羽織った外套だった。

人物は何か注文しているようだ。

厨房から出てきた店主が胡散臭そうな顔をするも、カウンターにチャリンと置かれた金を見て、渋々親指でくいっと肩越しに後ろを指差す。

人物は首を伸ばしてカウンターの奥を覗くと、目当ての物を見つけたのか店主に軽く会釈して、反動もなしに片手でヒョイッとカウンターを飛び越えた。

非常に軽い身のこなしだった。

「おお、やるねぇ。あのあんちゃん。ハジテみたいじゃねぇか」

身の軽さを武器にしている小柄な同僚を思い出し、軽く口笛を吹く真似をする頬傷の男。

「旅行者みたいだが、匂いが普通じゃないな」

冷静に観察していた細身の男は、既に空になっているジョッキをそのままに、席を立つ。

「おい、どうする気だ?」

もう一人もつられて立ち上がる。

「非番でも俺たちは国境警備兵だからな、不審者には職務質問だ」

そう言った冷たそうに見える男の横顔が一瞬、好奇心に輝いた。

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