第二章


[06]疾走


街道を砂煙を上げ、猛烈な速さで走り抜ける一頭の騎馬。

馬上には二人。

見事な馬術を駆使して愛馬を乗りこなす黒衣の騎士。後ろには黒髪と群青の外套をなびかせた毒操師がしがみついている。

サイクレスの愛馬は、昨日までの疲労など微塵も感じさせない、驚異的な走りを見せていた。
人を二人乗せて、もう何時間も走り続けているが、その足元が揺らぐことはない。

サイクレスと蒼はひたすらにエナルの首都を目指していた。







昨晩、サイクレスたちを襲撃しようとし、蒼によってあっさり撃退されたルース子爵率いる刺客たちは、半数が聖銀鎖騎士団の団員たちだった。

と言っても、騎士ではなく、騎士団預かりだの見習いだのといった、いわゆる下っ端の雑用係である。
残りはルースがポケットマネーで雇い入れた傭兵だ。

彼らの目的はサイクレスの足止めだった。

サイクレスは暗殺者の役割を担って蒼を訪ねたこともあり、エナルを秘密裏に出た。

しかし目立つ男だ。途中で気付かれたのだろう。

皇女ジュセフの忠実にして腕の立つ優秀な部下。
ジュセフ支持派以外の派閥からしたら、審議が終了するまで遠ざけておいた方が都合がいい。

自分から国を出たのを好都合に、後を追い、必ず引き返して来ることを見越して罠を張っていたのだ。

「俺の足止め?そんなことをするなんて・・・・・・・では、ジュセフ様を陥れたのは、まさか・・・・・・・」

麻痺の残る唇が紡ぎ出すルース子爵の言葉は、非常に聞き取り辛いものだったが、サイクレスは必死に耳を傾ける。

「ち、ちち、ちが、ちがう。わ、われ、れ、我々は、も、勿論、リャ、リャド、リャドル、さ、さま、とて、そのよ、うな、こ、こと、は、し、し、ない」

「じゃあ、何故私の行く手を阻む!」

声を荒げるサイクレスを蒼が手で制す。

「サイクレスさん、ちょっとは落ちついてください」

「これが落ち着いてられるか。今回の事件にリャドル皇太子が関与しているかもしれないんだぞ」

「彼はやっていないと言ってますが?」

蒼はあくまで冷静だ。

「そんなもの、信用できるかっ」

サイクレスは一蹴する。

「まあ、そうですが。でも陥れた人間以外からもジュセフ皇女の危機を狙って、色々と仕掛けてくる可能性は十分ありますよ」

むしろ、策略者はそれを見越して計画を立てたに違いない。

「ジュセフ皇女以外の王位継承者4人を取り巻く派閥に、ジュセフ皇女を煙たがっている貴族連。近衛連隊に敵対意識を持つ他の軍に騎士団。
他国だって今回の情報を聞きつければ、これ幸いと仕掛けてくるに違いありません。
今現在は戒厳令が敷かれているようですが・・・・・」

そのとき、くぐもった音が響いた。

見れば、二人の間に横たわるルース子爵が喉と唇を引きつらせている。

どうやら笑っているらしい。

「ずいぶん愉快な笑いですねぇ。何が可笑しいのですか?」

表情の読み取れない蒼は抑揚のない声でそう言うと、ルース子爵の口を剥ぎ取った布で覆い、上から押さえた。

麻痺した状態での呼吸は苦しい。あっという間に呼吸困難になる。

「!!!!!!!!」

ぼふぼふと暴れて空気が漏れる。

いい加減顔が茹だったように赤くなった頃、手を放した。

「がっ、かはっ、がほ」

激しく咽せるルース子爵。

「じゃ、何で笑っていたのか教えてもらいましょう」

冷静そうなだけに蒼の行動の方が怖い。

コイツは危険だ、ルース子爵は胸の内で警鐘がなるのを感じた。

「さ、昨、晩、は、はや、はや、馬、が、き、来た。どど、どく、操、し、師が、つ、つ、罪、を、認、め、たと。
わ、わ、我、われは、て、撤収、す、する、とと、とこ、ろ、だ、だったの、だ」

聞き取りづらいルース子爵の話をみなまで聞かず、サイクレスは立ち上がる。

「緋殿が?馬鹿なっ」

「ジュ、ジュセ、セ、ジュセフ、こ、皇、じょ、は終わ、りだ」

かふかふと口を開け、奇妙に喉をひきつらせるルース子爵。
身元がバレたので完全に開き直っている。

と、そこへすかさず蒼がいつの間にか手にしていた瓶を開け、中身を飲ませた。

カッと目を見開き、ルース子爵は一瞬にして、意識を手放した。

「これで丸一日は意識が戻らないでしょう。まあ、例え意識が戻っても、3日は麻痺で動けませんからどうにもなりません。他の方も麻痺の疲労と空腹で、審議会開催には間に合いませんよ」

蒼も立ち上がり、薬瓶を格納する。一体幾つ持っているのかは不明だ。

「行きましょう。どうやら状況が変わったようです」

蒼の言葉にサイクレスも我に返る。

「ああ、帰らなくては」

かくして毒薬の依頼から大きく逸れて行くことを激しく感じながら、蒼はサイクレスと共に一路エナルを目指す。

更なる予感にさいなまれながら。

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