第二章


[05]刺客B


「これは!!」

サイクレスは目の前の光景に唖然とした。

「昨夜のお客様です。招かねざるね」

そこには何人もの人間が横たわっていた。

地面に突っ伏している者。仰向けの者。倒れた拍子に頭をぶつけ、額から血を流しているもの。
視線を挙げると、木の上にも、枝に引っ掛かったまま硬直している者がいる。

みな一様に呻き声を上げていることから意識はあるようだが、ピクリとも動かない。

「散布型の麻痺毒です。昨日ちょっと周辺に仕込んでおいたので」

蒼は昨晩薪を拾いに行く際、麻痺毒の瓶を持って行ったのだ。

揮発性の高い薬液は、瓶から零れ落ちると直ぐに蒸発し、空気に紛れ込む。

昨晩は南西からの風が吹いていた為、蒼は風上に薪を拾いに行き、薬を撒いていた。

空気中に紛れた麻酔薬は風に乗り、周辺を取り囲んでいたこれらの者たちに直撃したのだった。

「風上って、じゃあ俺達も吸っているじゃないか」

しかし、身体は疲れがとれて軽いだけで痺れや麻痺などは一切ない。

「私も一応プロですから、そんなヘマはしませんよ。貴方と貴方の愛馬くんには予め中和剤を仕込んでましたし、森の動物に影響が出ないよう獣除けの匂いを微かに混ぜてあります」

馬は背を撫でているとき、サイクレスには毛布を掛けるときにそれぞれ数滴中和剤を垂らしておいたのだ。

「麻痺毒は末端神経に作用し、手足が動かなくなります。但し意識は残っているので、ちょっと様子を見てみましょう」

そう言うと、木々の中に分け入って所々倒れている暗い服の一団に近付いて行く。

「え、おいっ、蒼殿!?」

サイクレスも慌てて追い掛ける。

倒れている者たちは皆様々に顔を隠していた。

蒼は、ぐるりと周囲を見回すと他の者よりやや明るい色調の服を来た男に歩み寄る。

目の下まできっちりと覆った厚手の布のお陰か、適当な覆面の他の者に比べ症状が軽いようだ。

だが、倒れたとき額を打ったのもこの男である。額から流れる血がこめかみを伝い、捲かれた布の一部を染めている。

「さて、貴方。随分厳重に顔を隠していらっしゃる。余程見られるとマズいって感じですね」

「・・・・・・・・」

勿論相手に返事はない。しかし、栗色の瞳には必死な色が浮かんでいる。

蒼は服の隠しから新たに小瓶を取り出すと蓋を空け、瓶の口を布に覆われた男の鼻の辺りに近づけた。

「それは?」

異様な雰囲気に呑まれながらも興味を惹かれ、サイクレスが覗き込む。

「ちょっとした気付けです。麻痺は取れませんが、話を聴く必要がありますので」

瓶を鼻に近づけられた男は、思い切り顔をしかめたらしく目を瞑る。

「うぐぅ」

低い唸り声。少しだけ声が大きくなる。だが布を巻いているせいでくぐもって聞き取りづらい。

「それ、邪魔ですね。取ってしまいましょう」

蒼は、仰向けの男の顔半分を覆う布に手をかけた。

途端男は僅かに自由になった首を背けて逃げようとした。

「やっ、やめ、やめぇ」

弱々しい声で抵抗する男。その発言は乱れていても、発音に訛りはない。公用語だ。

エナル皇国は公用語の国だ。特に首都は元々商人が支配していたこともあり、訛っている人間は少ない。

「貴方、貴族ですね。まっ、止めろと言われて止めるわけがありません」

蒼は鼻歌まじりの勢いで、男の覆面を剥ぎ取った。

「!!」

驚いたのはサイクレス。

「あなたはっ」

厚く捲かれた布の下、現れたのは想像よりも更に貴族的な容貌の男。

栗色の瞳に見合う栗色の長めな髪は、整えられて艶がある。
品のある顔立ち。だが気取った口髭が嫌みな感じだ。

「ルース卿・・・・・」

サイクレスの呟きに、呼ばれた男は動かせる精一杯で顔を背けようとする。

「お知り合いですか?」

男の脇に膝をつき、小瓶をしまっていた蒼が肩越しに振り向いた。

「ヘミング=ルース子爵。仕官はされていないが、ある騎士団との繋がりが強い。それは・・・・・・」

「平打ちの鎖を編んだ銀の首飾りですか。聖銀鎖騎士団、実質的に皇太子の親衛隊ですね」

開いたルースの首元には陽光を浴びて輝く銀の鎖。
決して派手ではない。しかし他にもキラキラと色々身に付けている中、妙にシンプルで目についた。

単なる趣味かカモフラージュか知らないが、付けすぎが裏目に出ていることは間違いない。

「そうだ、リャドル様の騎士団支援者でいらっしゃる」

「ほう、騎士団の一員でもないのにこういったものを身に付けるとは。またえらく忠誠心が厚いようですね。
それにしても・・・・・・・」

蒼は肩を落として、深く溜め息をついた。

「何だか否応なく巻き込まれていく気がします」

予感は確信に近かった。

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