第八章


[04]隠蔽B


大陸北部に位置する巨大軍事国家ジャルド。

東西に細長い国土は大陸の北部全域に及び、まるで巨大な津波が大陸全土に押し寄せているかのような形をしている。

実際、ジャルドの軍事力は大陸最強であり、世界の兵器の三分の一がここにあるとも噂される。

また、次々に開発され進化を遂げる兵器により産業が発展、大陸随一の文明国でもあった。



しかし、そんな脅威の国には恒常的な問題があった。

国土の大半が農作物の栽培には適さない痩せた寒冷地である為、国の大きさに比べて自給率が極端に低いのだ。

いつ止むとも知れない雪が吹き荒れる冬に、日照時間が短く気温の上昇が少ない夏。一年を通しても作物の栽培に必要な条件を満たすのは難しい。

更に、高く険しい姿から、神がおわすとも言われる霊峰ジュジン山が国土を分断するように聳え立ち、その一帯の気候は夏でも雪が残るほど厳しい。

歴代の王たちは国を支える為、戦で領土を広げ、戦利品で民を養い、進んだ文明を駆使して極寒の地でも暮らせる環境を作りあげた。

ジャルドの根幹は略奪。戦の歴史が則ち国の歴史であった。

そして、ジャルドの民にもその精神は根付いている。

国内で最も人気の高い職業は軍人だ。
みな痩せた土地から得られる僅かばかりの収穫よりも、侵略の度に支給される特別還付金を目当てにしている。

その為、農業は益々冷え込み、自給率は低下の一途をたどっていた。



そんなジャルドにとって、水と緑と光に満ち溢れたエナル皇国はまさに理想郷。憧れて止まない存在だ。

だが、喉から手が出る程欲しい至宝の国エナルを目と鼻の先にして、建国から現在に至るおよそ五十年、ジャルドからの侵攻はない。


勿論理由がある。


それは、ひとえに外務長官に任じられたオークスの手腕によるものと言えた。








就任後オークスが真っ先に着手したのは、商業議会の役割を引き継ぐ機関の設立。エナルの建国によって経済と貿易を破綻させるわけにはいかないからだ。

また、周辺諸国の流通の要であった商業議会の役割を果たすことで、侵略の憂き目を見ずに済むと考えたのである。

実際、流通貿易の輸送経由地として、エナルの首都ハイルラルド湾岸以上に便利な土地はない。

となれば性悪でがめつい商業議会よりも相場を下げ、過剰な関税を緩和することで、今まで以上の貿易発展が望めるばかりか、エナルの存在意義も主張出来るに違いなかった。


それとともに、オークスはジャルドの国内事情にも目を付けた。

いくら略奪精神が息づいているとはいえ、大国の経済を戦だけで支えられるはずもない。商業議会時代から流通事業に着手し、ジャルドの特産品を市場に流していた。

北方の地では、桃嵩国のある山岳地帯と同じく鉱物が豊富に採れる。それも一種類ではなく、様々な硬度の鉱物が国土全体から出土する。

本来、鉱物から抽出した金属は純度が高いほど珍重され、高値がつく。しかしジャルドでは、同じ採掘場で数種類の鉱物が採れることから、合金製造の技術開発が進んでいた。

そして、この合金技術こそが、優れたジャルド兵器最大の強みであった。



複数の金属を練り合わせて作る特殊な合金は、丈夫で柔軟な特性を持ち、しかも傷み難い。激しい戦闘でもジャルド合金の剣は、折れたり、血糊で錆び付いたりしないのだ。

長きに渡って軍需増強を進めてきたジャルド。王は、この技術が自国経済の活性化に繋がると考えた。

鋼よりも強く、植物のように柔軟。簡単に折れることも無ければ錆びも少ない特殊合金が市場に出ると、みな驚き注目した。

王の読み通り、ジャルド合金に高値が付けられたのである。





こうして、ジャルド貿易は一見上手く行ったかに見えた。


しかし、軍事力が最大の強みであるジャルド。国力維持の為にも、合金を大量流出することは出来ない。

また輸出に莫大な輸送費が掛かり、却って負担が増えることもあった。

特殊合金製造は限られた鍛冶師しか造れない、繊細で難解な門外不出の技術。簡単に製造所を増やすわけにもいかない。

どれほど珍しく優れていたとしても、貴金ではない以上、高値にも限度がある。量を取引出来なければ、国を潤す程の利益には繋がらない。

結局、ジャルド合金は、市場で物珍しい程度となってしまったのである。









オークスは、こうしたジャルドの行き詰まりを正確に把握していた。

そして機を逃すことなく、合金製品のうち、主に兵器の独占取引をジャルドに持ちかけたのである。

多くの国に行き渡る程の流通は出来なくとも、エナルのような中規模国家の必要分を満たすのは大国にとっては容易いことだ。

オークスが提案した取引は、ジャルドからすれば製造拡大が必要なく、隣国のため輸送費も最小限。そして何より国の規模の違いから、エナルの軍事力が上がったとしてもジャルドが脅かされる心配はないという、非常に魅力的なものだった。

当時、ジャルドを治めていたのはディルトールW世。戦好きは歴代の王全てに共通するが、ディルトールはその中でも、慎重な策を取る賢王と言われていた。


ディルトールは周辺各国間で結ばれていた協定と、独占取引を量りに掛けた。

この貿易にハイルラルドの中継地点を必要とする国々で結ばれた、エナルを国家と認めない協定は、宝の山と目されるエナルの地に独断で侵攻しないよう、互いを牽制する意味合いもあったのた。

そして協定にジャルドを引き込み、大陸最大の軍事国家によるエナル侵攻を阻止しようとしたのである。

至宝の国エナルを手に入れたい気持ちはどの国も一緒。かといって、我も我もと進軍すれば、小さな土地は踏み荒らされ、希少で素晴らしい宝はあっという間に砕け散ってしまう。

王たちはそれを理解していた。だからこそ協定が結ばれたのだ。


だが、これはエナルから持ち出された取引。

もとより戦が基盤のジャルド。周辺各国との関係をさして重要視していない。だが、エナルに攻め込み周辺各国全てを敵に回すのも得策ではない。

熟考の末、ディルトールは遂にエナルとの独占貿易を決断したのだった。



これにより、オークスは国の存在を誇示するという最も難しい問題を解決したばかりか、エナルの軍備増強と軍事大国ジャルドからの実質的な後ろ盾をも手に入れたのである。

そして勿論、周辺各国への大いなる牽制も。



こうして、エナルとジャルドとの関係は四十年もの間、滞りなく続いていったのだった。


結果、建国の英雄オークスは、富国の英雄となって益々民たちの尊敬を集めたのである。










独占取引を確立し、国交を深めたエナルとジャルド。しかし二国は幾つかの問題を抱えていた。その一つが、国境付近での小競り合いである。

隣り合う国を守る兵士たちは、中央の政治的取引など全く意に孵さない。

特にジャルドの軍人は血気盛んであり、エナルの国境警備軍も騎馬民族出身で沸騰しやすい。

北の国境付近は常に争いが絶えなかった。


オークスは、そんな物騒で治安も良くない、国境の丘陵地帯に住むという。そして隠居生活を送りつつ、ジャルド情勢を報告すると。

建国から四十年、未だ国民の人気が高いオークス。人々はその身を案じ、また隠居となって尚、国の為に働き続ける姿に感動さえしていた。







ジャルドの統治者は、ディルトールW世からその子ディルトールX世へと代替わりしていた。

父に似て賢王であるが、血を好む惨殺王としても名高いX世。

オークスは北に去る前の最後の仕事として、そのディルトール王へ謁見を申し出た。


二国間の末永い発展と共存のために。





しかし、オークスの旅立ちから程なくして、アドルフ皇王は勿論、王の側近のだれも予測し得ない出来事が起こる。





皇王暗殺、すなわち英雄の反逆。





暗殺を企てたオークスの心境を図れる者はいない。王の忠臣という立場にありながら、一体何故裏切ったのかも不明。

だが、少なくとも旅立つオークスが主君アドルフを見つめる瞳は、いつもと変わらず柔らかで、忠誠心と慈愛に満ちたものだった。



それが、アドルフとオークスの最後の対面。



反逆者となった後、二度とオークスがアドルフの前に姿を現すことはなかった。














オークスが旅立った3ヶ月後。

アドルフ王突然の昏倒に城内は騒然となった。


原因は毒薬。


皇王付き毒操師緋が必死に解毒にあたるも、アドルフは意識を失ったまま昏睡状態となる。



時を同じくして、サイクレスの兄クラウドが失踪。

当時クラウドは皇城勤めを始めたばかりの十七歳。だが、既に将来を有望視された優秀な青年だった。

人々はみな、王の事件との因果関係を考え、総出の捜索がなされた。




発見されたのは、それから数日の後。


壮絶な光景だった。


皇城の一角、憩いの場として親しまれている庭園の泉。その水を真紅に染めて彼はそこにいた。

変わり果てた姿に息はなく、首を大きく切られたことが死因と見られた。

奇しくもそれは、祖父サグラと同じ。違うところと言えば激しく争った後があったこと。


そのクラウドが亡骸となって尚、握り締めていた小さな瓶こそ、昏睡状態のアドルフを救う解毒剤だった。






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