本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@


[07]chapter:2-2


「タブー…?」シリウスは聞き返した。
 
「私達はそう呼んでいます。科学班は『反物質』と呼んでいますが」
「反物質?」
「ご存知で?」
「いや、以前鉱物を勉強した時にちらっと読み通しただけで...しかし確か反物質は仮想の物質のはずじゃ...」
「ですから『存在しえぬもの』といいます」
 
横でヴァンは聞いていたが一切、話は理解できなかった。
 
二人は話し続けた。
「今まで理論上、反物質を作ることまでは可能でした」
「その通りだ。反物質は原核子反電子から構成される原子によって組み立てられる物質。ですがそれが分かっていてもあなたの言う通り『作ることまで』しかできないはずです」
 
ヴァンにはますます話が分からない。シリウスは体は強くはないが頭は良く、物理学については特に博識であった。
シリウスは続けた。
 
「反物質は物質と呼ばれる全てのものに出合った瞬間消滅してしまいr線やπ中間子に変わってしまう。つまりこの世に存在するなどありえない。」
「科学班はそれを可能にしました」
 
ヴァンはシリウスがとても動揺しているように見えた。
反物質とはそんなに凄い代物なのだろうか。
 
「ありえない...神の領域だ」
「故に『禁忌(タブー)』」
 
シリウスは黙ってしまった。
ヴァンは剣を見つめた。
 
黒いまるで闇のような漆黒。ヴァンは何故かこの剣に魅せられていた。
 
「ですがこの反物質にも問題がありました。この世に存続はできるようになったですが、何故か人が手に触れることができないのです」
シリウスは黙っている。ラルは続けた。
「もっと詳しく言うと触ろうとすると何故か反物質は重くなったり、熱を持ったりしだしたのです。...理由は解明されてません」
 
ヴァンは不思議に思った。では何故自分は触れるのだろうかと。
「なるほど...」
 
シリウスが口を開いた。今度はさっきまでの動揺はなく納得した顔であった。 
「それが...ユスティティアの入隊条件...そしてそれがこのヴァンだと言うのですね?」
「そうです」
「え...え...?」
 
勝手に話が進んでしまいヴァンは理解できなかった。
 
「この反物質『タブー』に触れられること...それがユスティティアへの入隊条件...そしてそれができる者、ヴァン=シルウァヌス。」
ラルはヴァンの方を向いた。
「君は、神の領域に踏み入れられる、選ばれた人間なんだ」
 
 
 
 
 
 
今は昼だろうか。
ヴァンは一人庭にいた。
 
それはシリウスがラルと2人で話し合いたいと持ち出したためだった。
 
2人は今、家の中で話している。もちろん話は聞こえない。
 
ヴァンにはいまだに自分が国軍に誘われているなど信じられなかった。
 
何かの間違いなのではないだろうか、ヴァンはまだそう考えていた。
 
ヴァンは手元の剣を見つめた。
ヒョイとあげてみる。やはり軽い。
見た目に反するこの軽さ以外は何の変哲もない剣だ。
 
持つことも容易いこの剣。 
しかし、この簡単の所行ができるだけで国軍への入隊。
 
ラルは自分を「選ばれた人間」だと言った。
 
選ばれた人間?こんなのが?
 
ヴァンは空を見上げた。
 
僕はこれからどうなるんだろう。
 
国軍へ入隊?そんなバカな。
僕はそんな柄じゃない。 
ビル達...いや学校のみんなが聞いたらどんな顔をするだろう。
みんな何かの間違いだと思うだろうな。
 
ワンワン!
 
シュバイツがヴァンのもとへ寄ってきた。
先ほどまで大声で吠えていたのが嘘みたいに、尻尾を振って舌を垂らしている。
ヴァンはシュバイツの背を撫でてやった。
 
 
 
シリウスに拾われてからもう8年が経とうとしていた。
長いような短いような、不思議な感じだ。
 
町の風景も人々もいまだに慣れていない。
ヴァンが唯一心をひらいた人間はただ一人、シリウスしかいなかった。
 
どんなに寂しい時も、そばにはシリウスがいてくれた。どんなに悲しい時も、シリウスがそばにいてくれた。
シリウスはいつも自分を守ってくれる、この世で一番大事な人。
 
学校はキライだしこの町の人もキライだけどシリウスがいてくれれば、それで僕の人生いいと思った。 
こんな生活がずっと続くんだと思ってた。
 
なのに...
 
いまさら国軍?
 
答えは決まってる。
 
行く気などさらさら無い。
きっとシリウスは分かってくれる。話もそう進めてくれるはずだ。
 
ヴァンはそう信じ切っていた。
 
ヴァンは右手をグッと握った。
人差し指には朱い宝石がはめられている。これはずっと前にシリウスが僕のためと作ってくれたものであり、ヴァンの一番の宝物であった。
 
「きっと...きっと明日も今日と同じ朝がくるよね...」
 
ヴァンは晴天の空に手をかざした。
 
 
 
 
 
 
「ヴァンは捨て子でした...」
 
最初に口火を切ったのはシリウスだった。
シリウスもラルもテーブルには着かず向かいあっていた。 
「捨て子ですか?」ラルに驚いた素振りはなかった。
「8年前の冬、とても寒い日でした。私はいつも通り鉱石を探しにカルナ炭鉱へ向かうため森を歩いていました。その森の途中でヴァンはさ迷っていました。年は多分7才くらいだと思いますね」
シリウスは窓の奥でシュバイツと戯れるヴァンを見つめながら続けた。
「ヴァンの身元を確認できるものは手に握られた赤い宝石だけ。しかもヴァンは何故か記憶を失っていて唯一覚えていたのはヴァンという自分の名前だけでした」
シリウスは一呼吸おき、また話し始めた。
「ターナーさん、やはり軍というのは命の危険を伴うのでしょう?」
 
ラルはここで初めて目に力が入った。
「...その通りです。軍に籍をおく以上、命の保証はできません。軍に命を捧ぐ、その覚悟が必要です」
 
シリウスは目をつむり、黙ってしまった。
長い長い沈黙が続いた。ラルは顔を崩すことなく真剣な表情でシリウスの言葉を待っていた。
そしてようやくシリウスは口を開いた。
「ヴァンは8年間私が大事に大事に育ててきました。あの子は弱い、まだまだ成長途中の未完全な子供です。でもいつかは私のもとを離れなければいけません...」
 
シリウスは窓を離れデスクへと向かった。
「何を...?」
シリウスはデスクの上の鉱石をバッグに詰め肩にしょった。
「はっきり言いましょう。私は...ヴァンを軍に渡したくはありません」
 
 
 
 
 
 
ガタンッ
家のドアが開き2人が出てきた。
ようやく話が終わったらしい。
いったい2人は中ではどんな形で話が終わったのだろうか、ヴァンはそればかり考えていた。
 
「ヴァン」シリウスはヴァンに呼びかけた。
「ん?」
「私はお前の『ユスティティア』への軍入りを...断った」
 
ヴァンの表情は変わらない。だがヴァンの心の中は喜びで溢れていた。
自分が信じた通りだ。
これからもシリウスと一緒に暮らせる。
 
「だが」
「え?」
シリウスはヴァンの横をすれ違いざまにこう言った。
 
「軍入りは自分で決めなさい。これは...私の決めることじゃない。私は炭鉱に行ってくる。その間ターナーさんに『ユスティティア』のことをよおく聞いておきなさい」
シリウスはそう言って森の方へと歩いていった。

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