本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@


[17]chapter:5 呼ばれた狂喜


「ヴァン...」
 
シンは左腕から血が吹き出ているというのに笑みを増した。
 
「フゥー..フゥー...に..兄さん...」
「お前から出てきてくれるとは...俺にとっちゃ都合がいいが、はっきり言ってバカだな」
 
次の瞬間シンは右足でヴァンの腹を蹴り飛ばした。
ヴァンは後ろに仰向けの状態で地面に落ちる。
 
「ヴァンくん!」
ヴァンのもとに駆け寄ろうとしたラルをシンの左腕が阻止した。
「おっと..あんたにはじっとしといてもらうぜ」
 
「かッ..はッ...」
ヴァンはあまりの痛みに腹部を押さえ悶えた。
 
「おい。少し遊んでやれ。殺さない程度にな」
「グルルルル…!」
シンは命令すると、怪物は嬉しそうに口を開け牙を出した。
 
怪物はヴァンの方へ駆け出した。
「うッ...」
ヴァンは急いで立ち上がろうとする。
しかし、それもむなしく、怪物の頭にヴァンは体当たりをされ吹っ飛んだ。
 
「ぐぅ...!!い..痛い...死ぬほど痛いよぉ...」
 
ヴァンは目に涙を浮かべる。
 
「どうしたぁ!?もう終わりかぁ!?カカカカカ!!」
「ヴァンくん...!」
 
「ククク...しかし...」
シンは突然笑いを止め、血の滴る左腕を見つめた。
「あのなんでもないような剣がこの『悪魔の左腕』を切り裂くとは...しかもあの貧弱なヴァンの力でだ...!
これが...『反物質』の力か...」
 
ヴァンは口から血を出しながらもなんとか立ち上がり剣を構えた。
「ハァ…ハァ………ハァ…!」
 
ヴァンは怪物を見つめた。
 
──何だろう...この感じ...?
 
ヴァンは怪物に何か違和感を感じた。
 
「グルルルル…!」
怪物は静かに唸りながら第二撃目を構えた。
 
「...いや..そんなはずない...まさか...でも...」
 
「おい!!腕一本くらいはかっさらってもいいぞぉ!!」
怪物に向かってシンはそう叫んだ。
 
「グルゥァア!!!」
怪物はヴァンに向かって思いっきり跳んだ。
しかも今度は爪をたてた前足を構えて。
 
「...まさか......」
 
ヴァンの体を怪物の岩のような爪が狙う。
 
「お前...シュバイツ...なのか...?」
 
大きな音をたて、怪物の前足は地面を割った。
間一髪、ヴァンは横に跳び、怪物の攻撃をかわした。
怪物はヴァンの方へとむき直す。
 
「ククク...!よくよけたな!」
シンは嘲り笑った。
 
「...」
 
ヴァンはシンの方を向いた。
「なんだ...?」
「兄さ...いや、シン...ちょっといいですか...?まさかこの大きな怪物は...」
「ククク...」
 
シンは不適な笑いを浮かべた。
「ほぉ...気づいたのか」
「...!..そんな..」
 
ラルは二人の会話の内容が理解できなかった。
 
「こいつが...シュバイツ...?」
「そうだ!そいつはシュバイツさ!」
「シュバイツ...?」
ラルは問いかける。
「ククク...あんたも家の前にいた犬っころを見ただろ?あいつのことさ」
「まさか貴様!?」
「そうだよ」
 
今度はヴァンがシンとラルの会話が分からなかった。
 
「いったい..何を...?」
「シュバイツはなぁ...儀式の実験台になったのさ!!」
「実験台...?」
 
ラルは付け加えるように説明した。
「ヴァンくん...『悪魔降臨の儀式』は召還呪文の中でも高等な術なんだ...たがらそれには..」
「練習がいる」
シンはラルの説明に割って入った。
「高等ゆえにリスクは凄まじい。あの儀式は失敗すると命をとられる。たがら生け贄を使った練習が必要なのさ!
俺は1ヶ月に1回のペースで『悪魔降臨の儀式』を練習した。そして今日、ついにこのシュバイツが儀式の完成を証明してくれた。」
「それが...あの犬の成れの果てというわけか...」
ラルは吐き捨てるようにそう言った。
ヴァンは怪物、いやシュバイツを見つめた。
シュバイツは絶えずうなり声をあげている。それはまるで怒りに震えているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
 
「...!..ちょっとまって...練習をした...?そして今日成功したのがシュバイツ?」
ヴァンの頭には最悪な事実がよぎった。
「ククク...」
シンは不気味な笑みを止めない。
「今まで...この8年間拾ってきた動物達...まさか全部その儀式の生け贄にしたの...?」
ヴァンは声が震える。
 
「当たり前だろ?」
シンの残酷な一言が、夜の闇とヴァンの心を貫いた。 
 
 
 
どこかで分かってたはずだ
 
今までの兄さんが嘘だったって知った時から、ずっと考えてた
 
自分を弟だと思ってたことが嘘だったのなら
 
今まで兄さんの行ってきたこと、その全てが
 
嘘なんだろうと
 
分かってたのに...
 
 
「どうしたその顔は?」
「...」
 
「おい、なんとか言え...」
 
ヴァンは剣をシンの喉元に向けた。
 
「なんだ?これは?それで俺を殺すのか?」
シンの顔に恐怖は一切見られない。
「...ビルも..兄さんが殺したの...?」
「ビル..?あぁあのデブか..知らねぇなぁ..そういやぁシュバイツがなんか喰ってたな...それかもな、カカカカカ!!」
 
ヴァンの中で何かがこみ上げた。でもそれがなんなのかは分からない。
手に持たれた剣に力が入る。
 
「っていうかお前俺のこと兄さんって呼ぶなっつったろが。もういいや、シュバイツ、やれ!」
「グルゥオォ!!」
 
シンのかけ声と同時にシュバイツは砲口をあげた。
ヴァンはシンに剣を向けたまま自分に牙をむけるシュバイツを見つめた。
 
「シュバイツ...」
「どうした?逃げないのか?」
 
シンの声はヴァンに届いていなかった。
今ヴァンの頭にはシュバイツのことしかない。
 
「グァオ!!」
二度目の砲口をあげたシュバイツはヴァンの方へ駆け出した。
 
ヴァンの顔に恐怖はなく、冷静な表情をしていた。
 
「...ん...?」
シンはヴァンの顔に違和感を覚えた。
 
──こいつ、ヴァンか...?
 
それはたとえ偽りの8年間の付き合いだとしても、ヴァンの姿を見てきた者の勘なのだろう。
ヴァンの眼は今までにない、冷静...いや、冷酷とも言える感じを醸し出している。
 
その違和感を感じているのはシンだけではなかった。
 
──...ヴァンくん...?
 
ラルもシンほどではないがヴァンの表情に違和感を覚えていた。
 
シュバイツの牙がヴァンに迫る。
 
ガチン!!
 
シュバイツは口を閉じ、ついに鋭く大きな歯を噛み合わせた。
 
「ヴァンくん!!」
ラルの声が響く。その横でシンは笑みを見せた。
 
「ふ、あとは指輪を......指...輪...?」
「グル?」
 
シュバイツの口の中にヴァンはいなかった。
「なんだと!?どうなっている!確かにあいつは...!」
 
「ハァ...ハァ...」
「なに!?」
 
なんとヴァンは先ほどいた場所から30メートルは離れた場所で息を荒げていた。 
「なんであんな場所に...避けたのか...?」
「...!?」
 
ラルも驚きを隠せなかった。
 
──避けた……?
だとしても一瞬であの場所に移動したのはどういうことだ…?
 
「ハァ…ハァ………」
 
しかしこの中で一番驚いていたのは、他の誰でもなくヴァン自身であった。

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