☆幕末人と暮らす方法☆【完結】


[09]【第9話】時間


元旦の朝食は、お雑煮と相場は決まっている。
 
 昨日買っておいたお餅と水菜をお椀に浮かべ、二人で食卓についた。



 「いただきます。」



 真新しい祝い箸を袋から出し、お椀に浸す。
 フーフーとつゆを冷ましながら、お椀越しに彼が笑みを浮かべる。
 そんな何でもない些細な事さえ、歳三とならば新鮮な喜びとなる。

 テレビでは、バカバカしいお正月番組が絶えず流れ続けている。
 そんなものにも、今年は優しくなれる。
 幸せとは、こういう事を言うのだろう。



 そんな静かな朝のはずだった。



 ビービービービービー…



 大きな警報に、私たちは驚いた。

 彼はとっさに、壁に立て掛けていた愛刀に手を掛けた。

 すると部屋の中の景色が歪み、次第に空気が渦巻き、その中から二人の男が飛び出してきた。

 抜き身の刀を構えた歳三と、その後ろで腰を抜かしている私に向かって、男たちは名刺を差し出した。



「突然の訪問、お許し下さい。私たちも任務を担っておりましてね。」



 名刺には、[時間管理局 軌道修正部隊]とある。
 きょとんとする私たちを前に、男たちは無機質な表情で説明を始めた。



 「土方歳三さん、あなたは本日、[元の時間]にお戻りいただきます。」



 その言葉が終わると同時に、もう一人の男が歳三を羽交い絞めにした。



 「牡丹さん、あなたのような一般人にはまだあまり知られていないようですが、上流階級層では夢ようなツアーが催されていてですね…

 その名も[過去見学ツアー]、つまり、歴史の教科書で見た世界を、実際にこの目で見て来ましょ、というツアーなんですよ。

 各界のセレブがこぞって参加して下さっているんですが、あーいう方たちって、お金さえ払えば何でも許されるって思っちゃう傾向があってですね、とんでもない事やらかしてきちゃうんですよね。

 巌流島の決闘に自分も参戦したり、ザビエルのおでこに[肉]って書いたり、紫式部の原稿の最後に[この話はフィクションです]って書き込んだり…まぁ〜やりたい放題ですよ。

 そんな中で、土方さんを自分の時代に連れて帰ろうとしたお客様がおりましてね。眠っている土方さんを無理やり時間移動機に乗せようとしていたので、係の者がご注意申し上げたのです。
 するとお客様は憤慨なさり、計器を適当にいじって土方さんをどこかの時代に送ってしまったのです。

 歴史上の人物が、決まった時代にいなければ、当然歴史は変わってしまいます。

 私たちは必死であっちこっち捜索しました。
 そして今、ようやくここで見つけ出したのです。

 さあ、帰りますよ。陸軍奉行並、土方歳三さん。
 中山峠二股口の台場山で、皆がお待ちですよ。」



 屈強な男に動きを封じられた歳三は、ワーワーと喚きながらあがいた。



 「バカヤロウ、そんな勝手な話があるか!
 俺はこの時代に送られて来て、この時代に生きるしかないとし、この時代で牡丹と共に永らえようと決めたのだ!
 それを今度は強制的に『帰れ』だ?
 ふざけるな!離せ!!」



 しかしそんな言葉は受け入れられるはずもなく、歳三の身体は渦の中に押し込まれようとしている。



 「牡丹!牡丹!!」



 彼は必死に抗いながら、私の目を見て言った。



 「[土方牡丹]、お前は武士の妻として、そして俺の妻として、立派に生きてくれ!
 そして、新たな[土方家]の歴史を残してくれ!」



 その言葉を残し、彼は渦の中に押し込まれてしまった。



 私は事の速さに呆気にとられ、何が何だか状況がいまいち掴めずにいた。

 ただ一つ分かっていることは、掴んだばかりのささやかな幸せを、有無を言わさずもぎ取られたということだ。



 「分かってますよ。これでしょ。」



 男は、ジェラルミンケースをどかりと畳に置いた。



 「土方氏の一週間分の生活費と、お礼です。
 まぁ、あなたもオトナですからね、分かるでしょ。ぶっちゃけ、口止め料ですよ。」



 セレブとは天と地ほどの差がある私でも、これに億単位の額が入っていることを、容易に想像できた。



 ゴクリと唾を飲み込んだ時、男は渦と共に消えた。

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