〜第5章〜


[13]朝10時43分


僕は誰にもバレないようにチラッと左を見る。
そしてきちんと真面目に見学している素振りをしてから、
もう一度チラッと左を見る。
僕は25メートルプールの丁度中間地点、12メートルラインにあるベンチに座っている。
その線により隔てられた男子達と女子達。

そう、

僕の向かって左側はユートピアになっているのだ!
なかなかお目にはかかれない光景だぞ。
見学している僕は、こうしてゆっくりあちら側の様子が見れる。
見学でよかった……そう思えた理由はそこなのである!

はい、別にキモいとか言っても構いはせぬぞ。
こうして学校のプールの中でスク水を堪能するのは学生のうちだけなのだからな、あっはっはっは……!


その時

「冷たっ!」

誰かが僕に水をかけてきた。

「随分と嬉しそうね」

少し皮肉めいたその声に気づきハッと目の前を見ると

清奈さん?
何故か背を向けて後ろを向きながら立っていた。

「おまえ、女子達ジロジロ見てるわね?」

「……んなわけないだろ!」

さすがは勘の鋭い清奈。
でも僕はジロジロ見てはいないぞ。
こういうのはチラ見するほうが男は喜ぶのであって……って何言ってるんだ僕は!
「生憎、気づいているのは私だけじゃないわ。皆とっくに気づいてるわよ」

なに!

「全く……女って言うのはね、そういう視線には敏感なの。後で痛い目に遭っても私は知らないから」

今度は皮肉めいた笑みを浮かべて言う。

「あのさ……清奈」

痛い所をこれ以上突かれないように、話題を変えることにした。

「なんで後ろ向いてるんだよ」

まだ清奈は僕に背を向けたままだ。

「馬鹿。こんな……いかがわしい服装を着させられてるのにあんたとまともに面を向いて話せるわけないでしょ!」
「いかがわしいって……プールじゃないか」
「そもそもね、こういう授業は男子と女子が一緒にやるものじゃないわ。こっちは恥ずかしいったらありゃしないんだから!」

文句をつけるなら僕じゃなくて先生だろ。

「な〜にやってんのよ」

僕と清奈のすぐ側でプールからあがってくる人は、瀬戸さんだ。

「なかなかお熱いわね〜二人とも」

茶化してきたな、瀬戸さん。

「瀬戸さんもこいつに言ってあげてよ。さっきからチラチラと……汚らわしい視線こっちに向けるなって」

汚らわしいって、そんなに僕の視線は汚れているのか?
「あっはっはっは! 許してあげなさいよ長峰さん。それは男子として健全な証拠だわ。それに、喜ぶべきことじゃない!!」

喜ぶべきこと?

「どういうこと?」
「もー、とぼけちゃって。それとも本当に気づいてないのかしら?」

すると瀬戸さんは

後ろを向いていた清奈を抱きかかえた。
清奈は普通の女子よりやや身長が高めだが、体重はそれほど重くないので、ひょいと持ち上げられた清奈。

「え?」

そのまま清奈をこちらに向かせた。

「ちょっと……!」

清奈に構わず瀬戸さんが続けて言う。

「ねえ相沢。ほらほら〜何か感じないわけ?」

か、感じるって、どどどどういうことかななな。

「ほらほらあっ! 長峰さんのつるつるの太股とか! すべすべの二の腕とか!」

いや、あの〜
あの〜

「ちょっ……やめて……!」

清奈が抵抗するが、瀬戸さんはそれを押さえつける。清奈の顔がかなり赤い。そりゃそうだ。水着姿を見られるだけでも恥ずかしがってたんだから。

この場合目をそらすべきなのだろう。
しかし、瀬戸さんにそそのかれたせいで僕は言われた通り太股と二の腕に目がいってしまう。本当に剣士か疑うほど華奢な体型に僕の心臓は早くなる。
僕は何も言うことができない。

「もー! 鈍感ね相沢は! これならどう!?」

そして瀬戸さんは。
清奈の脇の下から手を伸ばし、清奈の大きすぎず小さすぎずの胸に手を伸ばした。

「あぁっ……!」

清奈は先程の恥じらう顔が更に緩み、少し上を向く。

「ほら! 相沢! どう!? どうなの!?」

あ……わわわわわ!

「ひゃっ……や……め……ああっ……」

ちょっと待ったあああ!!
僕が止めに入ろうと止めようとした時

「ダメーーーーーっ!!」「え? あいたっ!!」

横から猛スピードで誰かが瀬戸さんにぶつかる。
瀬戸さんは派手にこけてツルツルのプールサイドをまるでカーリングのように滑っていった。

「はあ……はあ……はあ……」

走ってきたのは
さくらちゃん!?

「ダメです! あれは見ちゃダメですよ悠くん!」

いや、見させられたんだが。

「ちょっ……ちょっと空川さん!」

そこに清奈が間に入る。

「いきなり何するのよ!」
「長峰さんこそ! あんなのはズルいです! 今のはまだ早すぎですっ!」
「あの〜」
「あれは好きでやったんじゃないわよ!」
「いいや! 嫌な感じじゃなかったもん!」

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