〜第5章〜


[12]朝10時36分


机に頭を押しつけて物理の授業を乗り切り、10分休憩に入った。

周りはもちろん、あのメイドさんの話題でもちきり。アルフルン=エレッド=リリウス。

マルクス=アウレリウス=アントニヌスは何回やっても覚えられないのに、彼女の名前は一度で覚えられたのは男子の性なのだろうかね。

「すごいよね〜私達メイドさんから家庭科教わるなんてさ〜」

瀬戸さんの声だ。
盗み聴きは趣味じゃないが、何人かと一緒に話している声が耳に入った。

「でも教員免許持ってるのかな? それに、駒場先生辺りとか絶対反対しそうじゃない」

瀬戸さんの問いに答えたのは、足立さんだ。

「駒場先生……ですが」

ん?

「あの人が自己紹介をしている間、駒場先生はジッとあの人を見ていたような……」



え〜?

「ゲッ! じゃあもしかして駒場先生は案外メイドとか許容範囲なわけ!? 意外〜」

あの駒場先生がメイドさんをずっと見ていた?
ああいうタイプに限って意外とメイドとか巫女とかスク水とか……








あ、







今日プールだっけ……?



しまった……初日から忘れ物かよ。
この高校は、私立のせいかプールが屋内にある。
よってプールの開始時期が他校より早めなのだ。

まもなく梅雨が終わるであろう本日6月20日。
外を見ると地球温暖化を痛切に感じさせる程の夏まっ盛り。

今日は大人しく見学しますか……。






そしてあっという間にプールの時間。
僕は先に教室に出て水着を忘れたことを先生に報告しようと体育教官室に向かって歩いている所だ。

体育教官室は体育館のすぐ側にあるので、旧美術教室へと通じる渡り廊下を途中で右に曲がった。

「失礼します……渡辺先生いますか?」

渡辺というのは男子の体育教官だ。だが中にいたのは

「渡辺はもうプールへ向かった。どうした?」

煙草をくわえ、足を組み、上はユニクロクオリティのTシャツ、下はジャージズボンの出でたちの女性……萩原先生が代わりにいた。女子の体育教官である。
やはりこの人も普通ではない。何かのドラマみたいだが元ヤンキーなのだ。

「水着を忘れてしまって、それを伝えようと思いまして……」
「は? お前あれだけ次の授業はプールだって言ったのに……馬鹿か」

灰皿に煙草を押しつける。

「渡辺に伝えておく。体操服はあるんだろ? それ着て今日は見学しろ」
「はい、本当にすみません」
誰もいない教室でサササッと着替え、鍵を閉めてプール場へ急ぐ。

時計を見ると10時15分。体育の時間まであと5分だ。急がないと……


ドン!!


「きゃあっ!」

女の子の声。
左から急に飛び出してきた。
ではなく、僕が走っていたのがぶつかった。
いでで……誰だ?


僕の顔に軟らかいものの感触。
その瞬間、それが何であるか、そして誰と衝突したのかも理解した。

「あ、相沢くぅん……そこはダメですぅ……」

バッと頭を上げる。

「本当にごめん。これは……そうそう、ふかこうりょくだからねこれはね」
「そ、そうですか……でっ、でも……ふえぇ〜……」
もう一度今の状況を確認する。
ハレンは横になって唇をふるふるさせている。
僕は横になったハレンにまたがるように座っている。まるで、押し倒したみたぶおああああっ!

ハレンが着ている夏用のセーラー服。
ハレンの胸のすぐ下の部分が僕のせいで押し付けられているから、必然的にハッキリと形が強調されてしまっている。
更に下着まで少し透けて見えている。

「っ!!」

もはや僕の理性は曖昧でも3cmだったのが、3mmになりそうになった、ので、すぐ退いた。

「体操服着てるっていうことは……体育ですか?」
「そ、そうなんだよ! ごめんハレン! 後でゆっくり叱られるから!!」
「ほぇ?」


そのまま逃げるように(色々なものから)僕はプールに向かう。





プールは別館にあるから一度下靴に履き替えた。
外に出た途端汗が吹き出す。
温度はそんなに高くない。が、湿度が高く自分の体温の逃げ場が無い。
この天候の中、プールを見学っていうのは心底ガックリくる。水浴びたい。体操服ごと飛び込みたい勢いだ。
小走りで屋根のあるプール棟に向かう。
走り始めた途端チャイムが鳴った。
やばい、遅刻のうえに水着忘れで見学は心象悪いぞ。






「あれかな……母さん……?」

白猫を抱いた一人の少女が不意に姿を現した。
ちょうど悠が下足から出た入り口の辺り。
誰もその存在に気づいていない。

「母さん……あ……つ……」

ギュッと白猫を抱き締め、しゃがみこむとまた消え去った。

「あついの……いやだ」




案の定、遅刻と忘れ物でおもいっきり減点になった僕は、今こうして見学している所だ。この暑い日にプール抜きはきつい、とさっき言ったが。

案外悪くないかもしれない。
なぜなら……

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