〜第4章〜 黒の男


[19]昼3時37分A


――――――――――――

授業が終わり、放課後に入る。
いつのまにか悠の姿は見掛けなくなった。
きっと19日に向けて修行をし始めるのだろう。最近、毎日放課後に屋上で不可視空間が張られているのが分かる。
私は、教科書を後ろの個人ロッカーに放りこむ。荷物がかさばるから。
そして、私も私の行動を開始する。

真っ先に向かったのは、帰る用意をしていた、空川さくらの席だ。

「空川さん」

話しかける。
その声に気づいた彼女は、彼女なりの普通の接しかたで私に返事する。

「何ですか?」

と答えてはいるが、彼女も私の意図を理解しているだろう。

「今から暇?」

「うん、大丈夫ですよ」

「そう……じゃあ、どこかに行かない? 2人で」

「分かりました。どこに行きますか?」

「特に決めてないけど、どこがいい?」

「じゃあ……」



私はとある喫茶店に来ていた。
空川さくらがここを選んだ理由も納得できる。
ここは規模が小さく、知る人ぞ知る、といった隠れ家に当たるような店で、人の出入りは余りない。でも、私としては人込みよりも少し静かな所が好きだし、イチゴオレもある。
内装も整っていながら、何もないという訳でもない。
気にいった。
これからたまにここへ寄ろうかな。

オレンジジュースとイチゴオレを店員が持ってきた。
「ここ、ストロー無いの?」

「あ、これですよ」

白い布(さくら曰くナプキンと言うらしい)と共にある白く細長い袋。それを破ると中にストローがあった。
早速飲むことにする。



「やっぱり嫌でした……よね」

さくらがオレンジジュースのストローから口を離して言った。向こうから話題を持ちかけてくれたみたいだ。
私はコップの中の氷をストローでかき混ぜる。

「嫌……というか、何て言うか、私にはよく分からないけど」

私自身、誘ったのは良いものの、何て話しかければいいのか言葉を見い出せない状態だ。だから、曖昧な言葉しか口に出せないでいる。

「今は、悠はきっと空川さんのほうが好きだって思ってると思う」

「……そう……ですか?」

「悠は、貴方のことをちゃんと好きって言ってるしね」

「あれ……見てたんですか」

「たまたまね」

少しイチゴオレを飲む。

「じゃあ……じゃあ……」

「動揺しないで。別に貴方に対し怒ってないもの。でも……そうね、私は……」
頭を巡らす。
そして言葉を練り上げた。これだけは、曖昧な言葉では言いたくなかったから

「悠にとって、あなたに負けないぐらい大きな存在にはなろうって思う」

私は、悠を奪われたからといって妬むような女では無い。
私は、さくらと、悠を巡り堂々と勝負がしたいだけなのだ。

さくらは、少し驚いたようだった。
きっと、私は悠を捕られたせいでとても怒っていると思っていたのだろう。だからこそ、彼女は先に口を出したと言える。
だけど、私はそんなことはしない。
それは心が弱い者がする行動だ。かえって言えば、そう思う女は、誰それをどうこう言う資格なんて無いと思う。

伝わったのか、さくらは
少しの沈黙の後
こう返してくれた。

「じゃあ……私も、一つだけ、長峰さんに言いたいことがあるので、言ってもいいですか?」

「……なに?」

「私は、長峰さんが相沢くんのことが好きなんだって分かります。でも、だからといって、自分の気持ちに嘘をつきたくありません。だから……」

さくらも頭を巡らして言う

「私も、相沢くんにとって、長峰さんに負けないぐらい大きな存在になりたいって思います」
私は、
思わず、微笑んだ。
そう、私はそういうセリフを待っていたのだ。

「じゃあ、悠を巡って私達は、いわばライバルって訳ね」

「そうですね、私は……負けませんから」

さくらの目も、普段の彼女には無い色が伺える。闘志、という色だ。

「私もよ、お互い頑張りましょう」

「うん……」


すると
さくらが私に右手を差し出してきた。

「上等ね」

そういって、私はさくらの手を握りかえした。



「それじゃあ……また明日、学校でね」

「ええ」

「もう明日から勝負が始まるから、お互い手加減無しで行きましょう」

「もちろんです。明日から、楽しみですね、色々と」

私とさくら
悠はどっちをとってくれるか。
今はさくら寄りかもしれないが、それは向かい風なだけ。向かい風が吹いても前に進むことはできる。

見れば既に日は西に傾きはじめる。相変わらず降り続く雨、さくらが黄緑色のしゃれた傘を差して、少し微笑む。

「不必要に媚びるのは無しだからね」

「ふふ……そうですね、大丈夫です、そんなことはしませんから」

男に媚びる女は、私嫌いだし。

そして私はその場から去った。

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