〜第4章〜 黒の男


[14]昼12時59分


《ふ……やっと正気にもどったか。そうだ、貴様は今まで我が数々のタイムトラベラーと契約した中でも群を抜くほどの負けず嫌いだ。それは強くなる為に絶対持たなくてはならない感情。》

「分かってる。何回も聞いたわよそのセリフは」

そのセリフをちょうど言い終わったところで教室に入る。

駒場からの言いつけか、瀬戸梓が数学の宿題の提出率の低迷さについて注意した後、4時間目の授業が始まる。

……つまらない。

アボガドロ定数にまつわる講義を聞き流しながら、私は、気づかれないように右隣を見る。

シャープ……ペンソル?
違う、ペンシルを器用に回しながら難しい顔をして、ペンシルが止まったかと思えば、何やら書き記している。
そんな悠を見る。

何でもない時間。
何てことない日常。

手元しか動かない人間の行動を観察するなんて、講義よりも暇だ。
でも、ずっとこうであってほしい。
こうでいてほしい。
このままずっと……見ていたい。

そう思っている。
自分が思っていることを偽るのは止めよう。
悠は、いくら、私が
【あの男】に似ているって思ったとしても
私は悠が……気になってしかたがないのだから。


ねえ……悠。
悠は……私のこと、やっぱり興味無いの?
無いよね……顔を赤くしながらさくらに想いを伝えたんだから。
私のことは……仲間でしか……無い?
私が求めているのは、【次の段階】なのに。

緑色の鉛筆を手にとる。

いい、それでも、今は。
これから私が力を尽せば、悠はこっちを向いてくれるかもしれない。
きっと見てくれる。
私だけを……見てくれる。
過去は……いくら努力しても変わることは無い。
どんなに禍々しい過去があっても、背負わなければならない。悲しいけどそういうもの。
けれど、未来は違う。
いくらでも変えられる。
これからどんな未来を創るのかは私次第。だから、人って、どんな人生も歩むことが出来るんだ。
私は、今までネブラを殲滅するためだけに生きてきた。変えられない過去を変えるために必死であがいた。人間なんて、信じられないって思ってた。
でも、今は違う。
悠は私を変えてくれた。
仲間を……信じるってこと。私を……信じてくれたということ。
仲間と一緒が、一番、強い。
それでやっと、ゆっくり私の中の時間が流れ始めた。
悠と出会わなければ、私は道具のようにネブラを斬る為だけの兵器にしかなりえなかっただろう。
私は……そんな未来は嫌だ。
この想いが叶う未来を掴みたい。
私なら、できないはずない。
だから、さくらとも正々堂々と勝負して、必ず勝つ。ネブラとも、絶対にシヅキというものにたどり着き、必ず倒す。

私の勝利への物語りを、
悠、その目にしっかりと焼き付けなさい。

視線を戻す。
見かけだけは授業を受けているように取り繕うため、鉛筆で化学式を写す。

私が次することは決まってる。早く放課後にならないかな……。


――――――――――――

さすがは凡人の頭脳。
どれだけ集中しても分からないものは分からない。うん。
科学者はいったいどんな頭をしているんだろうか?
ようやく授業から解放され、僕は学校の屋上へと向かった。

外は雨。しかしタイムトラベラーには、非常に便利なものがある。不可視空間だ。
不可視空間は目に見えない空間で、ネブラが現出させることができるようにタイムトラベラーもまた現出できる。
また不可視空間を認知できるのもタイムトラベラーかネブラだけ。
よって屋上に張ればどれだけどんちゃん騒ぎをしたとしても、他の一般人には認知できない。また、空間だけあって雨もしのげる。
それだから誰にも邪魔されずに、思う存分修行ができるってわけだ!
まあ……放課後に学校の屋上に出るなんて人は滅多にいないけどな。

「ついたっと……」

ちょうど曇りガラスのように空がぼやけて見える。これこそが不可視空間だ。
扉を開けて、広い屋上に一人、中学生のように小さな女の子が立っている。赤ぶちメガネがトレードマークの、ハレンだ。

「こんにちは相沢くん」

「ああ……ハレン。相変わらず早いな。終礼が終わってすぐにここに来たのに」
「あはは、私のクラスの担任は終礼を生徒任せにしてるからすぐに終わるんですよ〜」

「担任の、噂の駒場先生?」

「うん」

「嫌じゃないか?」

「そんなことないですよ。とっても分かりやすく授業をしてくださるから」

「ふ〜ん」

同じことを教わるんだから誰が教えても一緒じゃないのか?

「それよりハレン。早速始めたいんだけど」

「あ……はい! さすがは相沢くん。やる気一杯ですね〜」

ハレンが笑う。
さくらちゃんとはまた違った趣きがある笑顔だ。
擬態語をつけるとしたら、ぱあ〜って感じだ。
意味不明だな。

《それでは始めましょうか》

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