〜第4章〜 黒の男


[10]昼12時37分A


《無いものは仕方がないだろう》

「品ぞろえが悪いわよ、この店」

《そういうことを口に出すな》

私は妥協して黄色いフルーツオレを手にとった。

昼食を買い終わり、私は再び傘をさして雨の中へ入る。

空は灰色。
今は梅雨と呼ばれる時期らしい。毎日のように雨が降り、止む気配は全く無い。随分と陰欝な雰囲気だ。
水溜まりを踏み、私の足元で雨水が飛び散る。人の気配もない。平日で更に昼のせいもあるだろうが、この世界には私しかいないと思えるような嫌な気配。
その気配は、鉛が口の中で広がるような不快感に変わり、私は自然と走っていた。

そのせいで私の顔が雨で濡れる。そしてその雨水もいい気分がするものではない。
早く【居場所】を見つけてそこに逃げ込みたかった。
前方の水溜まり、そこに私では無い【何か】が写っていることなど、私は気にも止めなかった。


ようやく学校の校門を通り抜け、下足ホールに駆け込む。傘をたたんで靴を履き替えた。今は昼休みらしく、廊下には沢山の人が歩いている。

とりあえず、顔を洗おうと近くのトイレに向かうことにした。
ここから一番近いのは、中等部よりのトイレ……。
そこで、

3人の影を見つけた。

あれは……?

私は階段を登り、少し離れた所から見る。
一人は小さな女の子、そして二人が向き合っているのは、空川さくらと……悠?

なにやってるんだか、私はさっさとそこへ向かおうと足を動かす。
動かしたのだが――


思うように動かない。

……?
なぜか、なぜなのか
今、向こうに行くことが出来ない。足が、固まって動かないのだ。
そしてその金縛りのような状態で、私は二人の声を聞く。

「そ……空川さん!」

なぜか、互いに顔を赤らめている。そして悠の腕を引っ張る小さな女の子、そして悠の声。

「僕は……!」

何がしたいのか分からなかった。
でも、私は戦いで望まずとも鍛えられた勘がうずく。次のセリフは……

「空川さんが……好きです!」

……。
……告白?
その瞬間、
私の中にある歯車が、塵でも詰まったかのように、急に変に噛み合い始め、あらぬ方向へと動き始めた。

「あ……相沢くん……」

悠は見た感じ、息をきらしている。

「……私で……いいのなら……」

空川さくらが、そう言った。

私でも分かる。
悠は、空川さくらが好きで、逆もまた然り。
私の手にあった袋が地に落ち、フルーツオレが袋から出る。

《……セイナ》

さっきからずっと私に話しかけていたフェルミの声に応じる。

《行かなくてよかったのか?》

「何故聞く?」

《私はセイナの契約者だ。貴様がどう思っているかなど、分かるのだぞ。分かるがゆえ、私はこうして話しかけている訳だが》

「……さあ、フェルミがどんな風に私の心が見えるのか、なんて興味ないけど」
私は地面に落ちたフルーツオレとパンを拾う。

《セイナ……貴様は》

「喋らないでくれる、フェルミ」

フルーツオレを袋の中に放り込み、二人のいる場所をもう一度見る。

もうすでに、そこには誰もいない。

「……ばかばかしい」

私は大股でその場を去った。
階段を一段飛ばしで駆け上がり、どこへ行くでも無く、駆けあがった。
私は、いつのまにか学校の屋上へ来ていた。
雨が降っているが、そんなの、もうどうでもいい。
雨は降れど、ここは私一人の世界。
温もりなど無く、在るのはただ、体を冷やしていく雨。
独りの世界。
自らそこに行くのを望んだ私がいて、それで……。

「そう……よね……」

『なまじ実力があるから貴様は人を惹き付けないのだよ』
『仲間の力を欲しない、全て1人で片付けようとする狼のような性格だ。戦いに至っては、人との関わり、触れ合いを拒絶する』

私は人を惹き付けない。
悠は……ただ自分の気持ちに正直に、言っただけだ。だから、私が悠を責める権利は無い。
でも、
私は、

「っ……!!」

なんで……こんなに
悔しい、とか
悲しい、とか
つらい、とか
思うんだろう。

悠は……私のことは、あくまで、仲間。
戦友、そして同じタイムトラベラー。
じゃあ私は?
そう……思っていない。
なんと思っているのか?
そう、それは、
理解できる。
初めて、はっきりと私の心を知る。

「私……私は……!」

悠のことが……!

雨に打たれたまま私はずっと立ったままだった。

悠……。
悠……。

《セイナ……初めてだったのにな》

私はフェルミを両手で筒みこみ、私の胸に当てる。

《貴様が……あの日以来、初めて心を許せた男だった。アイサワユウ、という男は》

「……」

泣かない。
絶対に涙は見せない。
強く……なりたいから。

悠には、これまで通り接していこう。
悠は、仲間としてだけど私を必要としているから。
そう、無理矢理自身を納得させた。


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