〜第2章〜 扉


[02]夜7時12分


「あ……あの……私はその……勝手な事を……言ってしまいましたね。貴方が望んでもいないのに……」
「いや」

僕は人指し指でパルスの頭を触る。

「ひゃ……」

可愛い声を上げるパルス

「話ぐらいは聞くよ」

少しの沈黙のあと

「……恐縮です」

そう答えた。パルスは律儀であると同時に、恥ずかしがり屋さんでもあるみたいだ。

「タイムトラベラーのことについて話してよ」
「え?」
「君の言っていることは嘘じゃなさそうだし、新しいことも何も無かったから正直退屈だったし、あと、君みたいに困ってる人を見てるとほっとけないしさ」

それを言うとますますパルスは顔を赤くした。
どうやらパルスは、僕がタイムトラベラーにならないと困る事情があるらしい。だからってタイムトラベラーになるとは決めてないけど、女の子には優しくしないといけないんじゃないか?相沢悠よ。
しばらくの沈黙の後、パルスは落ち着きを取り戻したのか、最初の知的な顔立ちに戻る。

「時を自由に渡ることができるタイムトラベラーは、世界の崩壊を止めるために生まれました」
「世界の崩壊だって!?」急にスケールが大きい話になったな。
「まずはこちらをご覧ください……」

すると
真っ白の光に包まれていたその世界が、
電線が焼き切れたかのように一瞬で闇に堕ちた。

「何だ……!?」

パルスは何も言わない。
残された僕とパルス。
聞こえてくる悶える人間の声。急に襲いかかる寒気。
「うっ……ごふっ……けほっ……けほっ……!!」

空気が……異常に汚い。
車の排気ガスを深呼吸している感覚だ。
そして周りを覆っている闇が段々と薄れていく。目が慣れてきたお陰か、うっすらと何か人影が見える。

「灯りをつけましょう」

パルスが小さな手の中に光の球を作り出す。
パルスはそれを真上に放り投げた。
遥か上空へと飛んでいき、花火が爆発するような音が暗黒の世界に響いた。
途端に
空から光が降り注ぐ。
それでもなお辺りは薄暗いが、この世界の様子が分かるぐらいにはなった。

「うわ……!!」

僕が先ほど人影のように見えていたものは、
人間の白骨だった。
壁にもたれかかるような体勢で骨と化している。そしてその骨すらもあちこちが朽ちていて、茶色に変色しているように見える。
辺りは生物の影が無ければ建造物も無い。岩とほぼ同義の廃墟が残るだけだ。
「いったいここはどこなんだパルス……!?」

パルスの青色の瞳と、僕の目が合う。

「私は貴方を連れて、時間転移をしました」
「時間転移って……時を渡ったのか?」
「はい。現在の時刻は、【2008年】4月11日、午後7時12分です」
「2008年4月11日……って、まさか!!」
「そう、これは転移する前の時刻、2007年4月11日 午後7時12分のちょうど1年後の世界です」
「そ……そんなバカな!?だって」
「僅か1年でこんなにも世界は変わらない……と言いたいのですか?」

あたりまえだ。
2007年は人間がいて、植物があって、夜でもあちこちに電灯が照らしていて、車も走っているし、とにかく人間の文明があるのに……こんな何にも無い世界が
今から1年後の世界なんて信じられるはずがない。
いや、受け入れられない。僕は知ってしまった。なにもかもが1年後消えるという残酷な未来を。

「そうだ!」

僕は携帯電話を取り出した。携帯の時刻は…。
確かに、2008年になっている――。

「何でだよ……?」

ここまで世界が変化するような最悪の出来事が、1年以内に起こるということか。

「この変化は突発的なものではありません」
「突発的じゃないって…なおさら変じゃないか……」
「この変化は、ネブラによる時間歪曲が重なった結果によるものなのです」
「ネブラ……?」

また聞き慣れない単語だ。

「ネブラは、時間軸内に発生した『矛盾』が具現化したものです。」

ますます分からない。

「宇宙がビッグバンによって生まれてから宇宙が消えるまで天文学レベルの時間が存在します。この時間ですが、宇宙が生まれる前から予めどのように流れるのか決まっていました。貴方がいつ生まれいつ死ぬのかも、ビッグバンが起こる前から決まっていたのです。そして宇宙が生まれ、時が流れ始め、予め決められていた通りに時間は流れています」
「え〜と。うん、何とか分かる」
「しかし、時間は予定通り流れることはありません。必ずどこかで歪みが生じてしまうのです。その歪みを使って魔物を生み出す者達を『ネブラ』と言います」「そのネブラが、世界をこんなことに?」
「そうです。ネブラを野放しにすると間違いなく今の状態になります。こうならないように、私達タイムトラベラーはネブラと戦い続けているのです」

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.