〜第2章〜 扉


[19]2000年3月9日 午後9時15分


「…………。」

ピエロの反応は無い。
絶望で声を失ったか…。

「……!」

違う。



笑っている。

「まだです!」

そういうと
先程の火に包まれた肉塊が奇妙な音を立てて震える。
それはたちまち、

水素が連続して引火しているような破裂音と共に、肉塊が再生していく…。


その4つの肉塊が4匹のライオンになるのは、斬り伏せて僅か10秒ほどのことだった。

《分裂だと……!》

「なるほど、斬れば斬るほど数か増える。倍々ゲームというわけね。」

「その通り…さあどうです?このライオンは死にはしないのですよ。決してね……。」

再びピエロが笑いだした。

《どうするんだセイナ。数を増やすだけ我等が不利になりかねんぞ。》

「フェルミ。これはあくまで【分裂】よ。【再生】ではないの。だから…。」

手足健在の4匹のライオンが私を囲む。
先程よりも個体は小さい。ならば。

私は再び剣を構えなおした。

《斬るのか?》

「見てなさいフェルミ。」


4匹が同時に、前後左右からライオンが再び飛びかかるのを、


私は一瞬の判断で真上に飛んだ。
4匹のライオンが先程私のいた場所で顔をおもいっきりぶつける。そして、ライオンの円が乱れた。

「そこ!」

私は



無数の斬撃を
ライオンが集合しているその一点に

叩き込む!


ライオンは、

32…64…いや、128か。

4匹が粉々に散った。

「ひ……なぜ…そんな…人並み外れた攻撃を……!」
今の私の斬撃は、常人では何が起こったかすらも分からないだろう。コンマ0、1秒の早業だ。こんな芸当が出来るのも、【あいつ】のおかげ…。


何をやっているんだ、私は。
今はあのことを考える必要はないだろう。


ライオンは再生することなく、分裂した。

蟻ほどの極小サイズで。

私にたかってくるクズ同然のそれを
踏み潰し、たちまち消滅した。







これで奴も策無しだろうか?
なら勝ちは見えた。
このサーカスは奴の心が大きく影響する。

簡単にいえば…。

奴が、「負けてしまう」と思わせたら、それが現実になる。

《不可視空間に乱れが生じ始めた。叩くなら今だ。》

その言葉を聞き
ピエロに距離をつめる!

今度こそ…仕留める。




「……あひゃ…!!」

最後の声はそれだった。
ピエロの肩の部分が大きく裂けている。

「私が負ける未来は変わった。ちょうどお前が消えることで、それは証明されるわね。」



不可視空間が崩壊していく。

テントも、セットも、音楽も消え失せ、観客ですら絵だったかのようにバラバラに崩れ落ちていく。

全てが塵に還ったのは、まばたき一回の時間があるか無いかの…ほんの一瞬の出来事だった。

ピエロも形を失い、黒い粘りけのある液体状のようなものに変わり、地面に染み込むように金網からポタポタと…落ちていった。








「へえ、お姉ちゃんってとっても強いんだね。」


《………!》
「………。」


何者かの声を聞いた。
辺りを見渡すが人影は無く、気配も感じられない。
幼い少女の声だ。さっきのその声は、悪い意味で無邪気なようだった。


《セイナ!月を見ろ!》

見上げた。
月が……すぐそばにあるかのように、大きい。
落ちてきそうなほど近い。そしてその月は鏡のように私の姿を写している。先程は雲に包まれ何も見えなかったのに。


「タイムトラベラーのなかでも、一番強いんでしょ?お姉ちゃんは。」

不意に月に、

私が写っているその後ろに、

紺色のオーバーオールを来た一人の少女が写った。暖かそうな毛皮で、どこかの北国からやってきたような服装だ。

私と同じくロングヘアーで紫色。背は私の胸の高さほどしかない。瞳は赤く、その子は笑っていた。

鏡のように姿を反射するから、私は後ろにその子がいると思い振り返ったが、
姿はどこにも見当たらない。

「あたしはそこにはいないよ?今は月の中にいるから。でも、【あたしはお姉ちゃんのすぐ側にいるの。】」

「…言ってる意味が分からないのだけど。」

「だから〜
う〜〜〜ん。何て言ったらいいのかな?」

その子が考えるそぶりをした。

「グレームドゥーブルにはいないんだけど、お姉ちゃんの側にいるんだ。あはは……あたし何て言ったらいいか分かんない。

……そうだ!」

その【月の中にいる】少女が、【月に写っている】私の側に寄る。

そして、

その少女は写っている私の肩に手を置いた。

同時に、

「っ…!」

とっさに肩を振りほどく。





いた。

見えないが、存在している。

後ろには誰もいないはずなのに、確かに何者かが私の肩に手を置いた。


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