〜第2章〜 扉


[18]2000年 3月9日 午後9時10分


二匹の猛獣が私に向かって吠える。獲物を狙う血走った目…さしずめ私は逃げ場を失った馬か。

《来るぞ。》

フェルミの言葉を聞き、私は強く剣を握る。

この程度で恐れを抱く私ではない。馬が体を貪られようが、られまいが、必ず最後まで立ち上がってみせる。

【あいつ】を…倒すまで私は死ねない。
ここで負けることなど、私自身が許さない。

「あなた様がその小さな鉄檻の中だと思うように動けないでしょう。それではアンフェアですからね。」


途端

私を囲んでいた鉄檻が瞬間的に燃え盛り、灰になった。

これで私も自由に動ける。


「では行きますよ〜。」
そのピエロが私に指を指す。同時に
二匹の猛獣のうち一匹が走り出す。
もう一匹も後に続くように走り出した。

獣の野性的な動きが私の目に移り、火の輪をくぐり抜けた。

その時だった。

その獣が火の輪をくぐる為に頭が入った瞬間、
獣の動きが不意に遅くなった。
ビデオのスロー再生のようなゆったりとした動き、
そして輪をくぐった出口から、
全身が火に包まれた獣が姿を現す。たてがみが火の粉を撒き、私の前方に着地した。

その距離は10メートル程だ。
俊足で獲物を追い掛ける血に狂った生き物にとっては、この距離でも私は攻撃範囲に入っているだろう。


もう一匹の獣も火に包まれ、横に並んだ。

二匹はシンクロしているかのごとく同時に私に向かって吠え、顎を地面につけるような体勢をとる。

主人のピエロが命令すれば、いつでも私を食すことができるように。


「覚悟できましたか?」
ピエロが笑いながら私に問う。私の敗北を確信しているからだろうか。全くもって、滑稽なステージに足を踏み入れた自分が恨めしい。

「いつでも。お前の方が襲いかかるまで私はこうして待ってあげてるじゃない。」

「ヒュヒュヒュ……あなた様の気の強さには本当に脱帽しますよ。しかしですね…この状況になってなおそのような態度をとられるとわたくしは紳士な態度を忘れて、あなた様を潰したく思うではありませんか。」

にやけながら私に言った。


「呆れた。自分は私に攻めこまないで、その二匹の珍獣に全てを任すつもりなんでしょ?そりゃそうよね、私に一度殺されかけたんだから。」

私は鼻で笑った。

《セイナ。奴を煽るのはよせと言っただろう。》

「フェルミは黙ってて。これは作戦なの。」
「いやはや〜。まだそんなことを口にしますか。ここは私のシナリオ通りに動く世界、このシナリオは終幕に向けて確実に進んでいますのに…。」

「……ふふふ。」

「何がおかしいのでしょう?」

「私…お前の言う、その【シナリオ】を書きかえることができる自信があるわ。」

「……な…なんですと!」

「シナリオ通りに事が運ばなくとも、役者は【アドリブ】を利かすことが出来るものね?」

「ば……馬鹿な。」

実は私…この状況を脱する策は持ち合わせていない。だが、私の賭けは上手くいっているようだ。
私は、このピエロは余裕ぶっているように見せながら、本当は肝の小さい臆病者と踏んだ。
さっきから奴は火の玉を飛ばしたり獣を使役したりで、自分で攻撃をしてきていない。さらに自分の世界であるこの空間に入った途端大口を叩き始めたときた。その通りらしい。

現に奴の態度が、だんだんと余裕がなくなってきているのが目に見える。

「そ……そんな…馬鹿な……。ここはわたくしの城だ……そんなはず!」

「どうかしらね?」

私は少し微笑む。

「いいわよ、攻撃してきても。ま…私の言葉が信じられなければで結構。
いずれにせよ、お前のオンステージは大失敗に終わって観客に罵声を浴びせられて終わるでしょうけど。」
「ば……馬鹿な……ここはわたくしの城だ……そんなはず……!」

2回同じ事を言っている
これで奴の言うシナリオが崩れれば私にも勝機がある。
解決できない問題など決してない。
いかに完全に見えても必ず綻びがある。
だから私は決して絶望しない。

私は剣を構えた。

「さあ……来なさい。私を恐れてその二匹の珍獣に任すつもりなんでしょ?早く命令すればいいじゃない。」

「……う……うぐぅ…。」
私の作戦がここまで上手く行くとは思わなかった。
奴に私に対して恐怖心を抱かせる。圧倒的な自信を奴に見せつける。
まずはこの場の主導権を握れば…

「い……いけぇ!」
ヒステリックな声で命令した。
二匹の火に包まれた獣が、またも同時に私に飛びかかった。

この程度、ウルフ型のネブラと全く変わりない。

私を喰らうが為に大きく開けた口に

一閃する。

獣は口から裂けたように二つの肉塊に分けられた。
もう一匹も同じ。

口から上の部分と、足が付いた口から下の部分に分けられた。

「これが何?」
更にピエロに追い討ちをかけた。

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.