side story


[04]太古の歴史C



 第二哨戒隊の熱烈な洗礼を受けて数十分が経った。



 その時の熱は過ぎ去り、今は周囲に気を配って警戒している。


 あともう少しで哨戒ルートの折り返し地点という所で事件は起きた。


「そろそろターニングポイントだ。気を緩めるなよ」

「はっ」


 緊張感に満ちたクレハの口調が皆に伝播して隊の雰囲気が一層厳しくなる。




 その時奥の茂みから何かが飛んで来た。


「隊長!」


 隊員の一人がクレハ達の前に飛び出て槍を振り回した。



 直後、目の前の空中で小規模の爆発が生じた。


「敵襲!」


 ゼクスは首に下げていた笛を思いっ切り吹いた。




 甲高い音が周囲に響き渡り、敵の襲撃を知らせたのだ。




 それに呼応するように他の場所からも爆発音が聞こえ始めた。


「闇ごときに負けるか!」

「ここで死ぬわけにはいかないんだよ!」


 雄叫びを上げながら隊員達が次々に敵の懐へ飛び込んでいく。



 ゼクスもそれは例外ではなく炎の剣を編み出し果敢に切りかかっている。


「火炎車!」


 灼熱の輪が生きているかのような複雑な動きで敵を切り裂き、その熱で瞬間的に蒸発させる。





 この時彼は妙な違和感を覚えた。


「こいつら、手応えがない………?」

『む……ヴェリシル・ゼクシード!』


 アストラルの声に反応したゼクスははっとした。



 そして苦々しい表情でクレハのほうを振り向く。

「クレハ隊長これは囮です!」

「なに! どういう事だ!」


 クレハは鞭で敵を木の幹に叩き付けながら叫ぶ。


「複数箇所での同時攻撃にこの手応えのなさ……間違いなく陽動です!」

「クソッ! 倒しても数で押さえる気か。忌々しい連中め……!」


 クレハは怒りに身を任せて鞭で敵をひっぱたいた。




 その時隊員がこう叫んだ。


「隊長、ここは我々にお任せを!」

「ゼクス副隊長もです! クレハ隊長と共に本陣の加勢を!」

「我々だって伊達に戦っちゃいやせん! 姐さん方! 早く行ってくだせぇ!」

「すまないお前達!」

「必ずそいつらを倒して戻って来てくれ!」


 隊員達の今までにない強い気迫に押されて、クレハとゼクスは本陣へ向かって疾走した。


 残った隊員らは彼らの姿が見えなくなると、


「さあ、行くぜ!」

「おおよ!」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、各々の武器を構えた。






◇◆◇◆◇◆◇◆






「これは……!」

「一足遅かったか!」


 韋駄天のごとき速さで本陣へ帰還した二人が見た光景は惨々たるものだった。




 天幕の大半が焼け落ち、逃げ惑う者が容赦なく殺されていた。



 クレハは鞭を放り捨てると背中に下げていた大剣を鞘から引き抜いた。


「貴様ら………許すまじ!」


 すぐ近くにいた敵を一瞬で飴細工のように切り裂くと、次なる贄を求めてさらに大剣で血を屠った。




 ゼクスはあまりにも酷すぎる光景に自失してしまっていた。



 だが脳裏にセフィリアの姿が浮かぶと、一目散に彼女の天幕へ向かった。




 途中、敵を何体か倒し、焼け焦げた同胞の亡骸を目にした。





 その度に不安が駆り立てられ、絶対にそんな事はないと恐怖が滲み出てくる。



 幸い彼女の天幕は無事だったようで、入り口の布を押し退けるとそこには最愛の女性が立っていた。


「セフィリア!」


 ゼクスは悲鳴じみた声を上げて彼女のもとへ駆け寄った。




 一瞬顔色が悪く見えたが、彼女が無事だということに安堵しきってすぐに忘れてしまった。


「遅かったじゃない。相変わらずなのね、あなたは」

「すまないセフィリア。何もなかったか?」

「私を誰だと思っているの? バルザールが契約者、セフィリア・ブラマンシュよ?」

「確かにそう……? セフィリア?」


 ここでゼクスは気付く。




 彼女を抱き締める手に妙に生暖かくてぬるぬるとした液体の感触があることに。



 セフィリアは弱々しい笑みを浮かべた。


「ちょっと、油断しちゃった………。さっき、倒したんだけどね」

「セフィリア!」


 彼女はその場に崩れ、ゼクスは悲壮な声を上げる。



 そして跪いて抱き起こした。


「もう、駄目みたい……。ごめんなさい、約束を守って上げれなくて」

「セフィリア、喋らないでくれ……」

「ううん」


 セフィリアはゆっくりと首を横に振った。




 呼吸は浅く、そして速い。


「もう一度、あなたに抱き締められたか……………」


 首ががくりと落ち、言葉の続きはなかった。




 ゼクスは愕然として、口を開くがそれは音にならない。





 外の斬撃と悲鳴、苦悶の叫びが遠いものに感じられた。




『ヴェリシル・ゼクシード、たった今、セフィリア・ブラマンシュは逝った』


 アストラルの感情のない声すら耳に入らない。


『セフィリア嬢の遺言を伝えっぞ。世界に平和を取り戻して幸せになって、だ』


 バルザールの、セフィリアからの遺言も聞こえなかった。




 ゼクスは最愛の女性を亡くしたという大きな衝撃から立ち直れていなかった。





 何故セフィリアは殺されたのか。





 何故殺されなければならなかったのか。





 何故死んでしまったのか。





 何故死ななければならなかったのか。





 なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ。





 何故。そこから出てきた結論は酷く歪んでいた。




 闇という存在そのものが悪。それが何者であろうとこの地から抹殺すべき対象にすぎない。



 虫けらの価値しかない敵の血を屠る事こそが最上の選択。




 何者をも消す絶対の力。





 だからこうするほかなかった。


「アストラル、バルザール。この終わりなき戦いを今終わらせる。全ての力を俺に渡せ」

『人柱になる気か?』

『おいおいおいおい。俺達の力は普段から抑えてるんだ。それを契約者に注ぎ込んでみろ。魔力の器が壊れる云々の前に、人じゃなくなるぜ?』

「構わない。全てを取り戻せるなら、悪魔にでも魔物にでもなってやる」


 ゼクスの抑揚のない言葉に、アストラルとバルザールは何か恐ろしいものを感じた。



 光でも闇でもない。




 正義でも悪でもない。




 純粋過ぎる復讐心。




 ヒトの感情がここまで強いとは予想だにしなかった。



 だからこそ、その迫力に勝てなかったのだろう。


『紅蓮のアストラル、俺はお前の契約者に力を託すぜ』

『いいだろう。我も同意見だ』

「アストラル、バルザール………恩にきる。ありがとう」


 こうして、二体の幻獣神の力を手にした一人の青年はこの夜襲を一瞬で静めた。


 さらに一週間もしないうちに敵の本陣へ侵攻。三日三晩に及ぶ決死の戦いの末、制圧。



 彼らは真の自由を手にしたのだった。



 だが、ゼクスは度重なる戦闘と強すぎる魔力で身体が廃人と化していた。




 それは英雄とうたわれる者の哀れな末路だった。



 セフィリアをこの世界に求めすぎたゆえに精神は崩壊し、自ら断崖から荒波に消えたという。


 彼をたたえる民衆はこれに深い悲しみを覚え、二つの記念碑と四つの彫刻を作り上げた。



 そしてこの果てなき戦いは伝説へと名を変え語り継がれている。




 正邪の英雄伝説、と。





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