side story


[11]時を渡るセレナーデD



「なんださっきの爆発は?」
「分かりませんね。ですが、さっきショックでこの建物が崩壊する危険があります」
『援軍の可能性は低い。油断するな』

 アストラルの注意に頷き、如月とネルフェニビアは鍵を外し、扉を静かに少しだけ開けた。


 敵は見当たらない。

 これなら大丈夫だと、如月は通路へと足を踏み出した。

 その時足に何かを感じた。

「っ……!」

 思わず足を引っ込める如月。
 彼が足を乗せた場所は、補強用に設置された軽金属板だった。

「どうかしましたか?」

 ネルフェニビアが彼の異状に気付き、声を掛ける。

「いや、足が、痺れたのか……?」
「足が、ですか?」
『金属が帯電している。雷啼が動いたな』

 不思議がるネルフェニビアに代わって、アストラルが冷静に指摘をした。

「って事は復讐者がいるのか」

 如月は敵の戦力を単純計算して、渋い顔をした。
 明らかに相手は戦闘のプロで、力量の差も歴然としている。
 本気でかかっても、倒せるのは数人がいい所だろう。
 そうこうしている内に、新たな爆発が建物を襲った。

「くっ! ネルフェニビア、策は何なんだ?」
「はい。作戦はこうです」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 白煙の向こうから二人の影がはっきりと見える。
 悠はライボルトを強く握り締めた。
 すると影が動きを止め、いきなり姿を消した。

「な、なんだ?」
「幻術ね」

 驚く悠に対して清奈は冷静過ぎるくらいの口調で言った。
 その時、突如ハレンのパソコンから警報が鳴った。

「六時の方向からエネルギー弾です! 数四!」

 ハレンが言ったと同時に後ろからエネルギー弾の姿が見えた。

「駄目です! 避けきれません!」
『リフレ フォール!』

 もう駄目だと悠が目をつぶった時、淡い緑に輝くシールドが展開された。
 直後、エネルギー弾が四発シールドと衝突した。
 それらは上空へと跳ね返り、未だたなびく白煙へと消えていった。

「あー、危なかった……。ありがとうパルス」
『いえ…悠が鍛えていたおかげです』
「そうですよ。あのシールドは凄かったですよ」
「いやいや、そんな事は……」
「悠長な事言ってる場合じゃないわよ」

 緊張感のない会話を続ける悠、パルス、ハレンの三人を一蹴する清奈。
 そして周囲に漂っている白煙を睨みながら続ける。

「この白煙は単なる爆発時の煙じゃない。恐らく何らかの術だわ。それも相当高度な術よ」
「って事は、あのフードの集団が?」
「もしくはその親玉ね」
『ハレン、敵の位置は分かるか?』

 フェルミの問いに、ハレンがすぐさまキーボードを叩く。
 数秒後、画面に“ERROR”と表示された。

「ダメです。ジャミングのせいで広域探査ができません。せいぜい半径一キロ圏内の高エネルギー体だけです」 
「とにかく、無暗に動くべきでないわ」

 悠たちは互いに背を向けて、周囲の気配に警戒を始めた。
 そのまま五分近くが過ぎた。
 しかし悠たちの感覚はそれ以上にゆっくりと時が流れている。
 緊張とのギャップに耐えきれなくなった時、煙がやや薄らいできた。
 突如強風が吹き、悠達は思わず目を腕で覆ってしまった。

「動くなよ」

 すぐ目の前で男の声がした。
 如月である。

「しまった……」

 自分がとんでもない失態をしてしまった事に悠は気付く。
 一瞬の気の緩みに付け入られた。
 鈍く光る銃口が悠の喉元に突き付けられている。

「せ、清奈」

 情けないとは思いながらも、背後にいる清奈に声を掛ける悠。
 その清奈からの返事には危機感が漂っていた。

「駄目だわ。囲まれた」
「大人しく武器を渡してもらいましょう」

 清奈たちと同年齢と思しき獣耳を生やした少女、ネルフェニビアが言った。

「くっ……。どうやら従うしかないようね」
「先輩……」
「清奈……」

 悠達は所持していた武器をそれぞれ地面に落とした。
 フェルミが悠達だけに分かるよう呟く。

『敵が隙を見せるまで従うのだ』

 だが、その時が来るのはそう遅くはなかった。
 それらを取ろうと如月が腰をかがめた時だった。
 悠が思いっきり彼の左肩を蹴ったのだ。

「ぐっ!」

 如月はその場に膝をつき、蹴られた肩を右手で抑えた。

「耀君!」

 ネルフェニビアが悲鳴めいた声をあげる。

「そこまでよ」

 今度は清奈の声だ。

「こんな事はしたくはなかったけれど、大人しくしてもらおうかしら」

 清奈の方を見て、悠は驚いた。
 なんとネルフェニビアの首筋に刀の刃を当てている。


 人質を取ったのだ。

 その隙に悠はライボルトを回収し、如月との間合いを空けた。

「形勢逆転か……」

 そう言いながら如月は立ち上がった。

「だが、甘いな。敵が怯んだ隙に敵の持つ武器を手の届かない範囲に移すのが定石だ。お前達、闇の勢力ではないな?」
「闇の勢力?」

 悠は首をかしげた。
 ハレンも彼と同じように何の事やらさっぱりという感じだ。


 全く聞いた事がない。
 それはネブラのような存在なのだろうか。


 清奈も同じ考えらしいが、
「それは知らないけど、私達はただの人間よ」


 いや、ただの人間ではないだろう。

 悠は一瞬そう思ってしまった。
 なぜならば、彼らは時を渡る事ができる存在なのだから。
 如月は怪訝な顔をしていたが、

「そうか。ならば無益な殺生はいらないな。俺は闇の勢力だけを標的としている。ネルもそうだ」

 ネルフェニビアを悠達が見ると、

「えへへ。そういう事なんです。いきなり攻撃してすいません」

 苦笑いをしながらネルフェニビアは言った。

「さて、問題はこの結界だが………そろそろネルを解放してくれないか?」
「ええ、そうね」

 そう言って清奈は刀を下ろす。
 ネルフェニビアは如月に抱きつくように駆け寄った。
 実際抱き着いたのだが。

「とりあえず、結界を破る。ネル、邪魔だから離れろ」
「うぅ…。恐怖にさらされてた乙女を慰めるのも男の務めです」
「馬鹿か」

 本当に馬鹿だ。バカップルだ。

 さっきまでの緊迫感が忘却の彼方に吹き飛ばされたと言っていいくらいである。
 ハレンは幸せそうなまなざしを送っているが、清奈は違うようだ。
 白々しいと言わんばかりの視線を送っている。
 あまりの凄さゆえに、羨ましいと思った自分を恨めしく思う悠だった。
 そうこうしているうちに、如月の足元に魔法陣が浮かび上がり、彼はマグナムの銃口を上空に向けた。

「アストラル、いつもどおり頼む」
『たわけが。お前が制御してこそ意味があるのだぞ』
「分かってるよ。目標、及び相対距離を確認。発動まで後4秒」

 如月の左目に薄い平面状のスコープが浮かび上がった。
 マグナムの銃口付近に膨大な魔力が集まりつつあるのが分かる。

「エネルギー密度が通常の六万倍です」

 パソコンを操作しながらハレンが驚きを隠せないまま言った。

「タイムトラベラーでもこれだけの魔力を出せる奴はいないわ」
「一体何者なんだ……」
『分からん。だが、相当な実力者なのだろう』
『そうですね。あの時の気配の殺し方は上手でした』
『でも……扱いは、下手………』

 ステラの一言が気になったが、悠達は集まった魔力が臨界点到達直前で白く輝く高密度エネルギーに目を奪われていた。

「ブレイカーエミッション!」

 如月が引き金を引くと同時にエネルギー弾が放たれた。
 それは加速を続けたまま上昇し、闇夜の空に吸い込まれた。
 直後、ガラスが割れたような音がして、エネルギー弾の光が収束した。
 破壊された部分から徐々に普段の喧騒が戻り始めていく。

「ああ! 耀君大丈夫ですか!」

 突如ネルフェニビアが如月の元に駆け寄った。
 如月はアスファルトの上に大の字になって倒れていた。

「痛い。衝撃を吸収しきれなかった」
『愚か者め。魔力制御を超えるなとあれほど言っただろう』
「すまない、アストラル」
『馬鹿者め』

 彼らが騒がしくしていると、ヘリコプターの爆音が聞こえてきた。

「大型ヘリが四機ですね。しかも陸からも車両数台来てます」
「参ったわね」
「なんでこんなに災難続きなんだ?」

 悠が思わず溜め息をついていると、上空からサーチライトが照らされた。
 それに気付いた如月が、大きく手を振っている。
 すると、その大型ヘリが降下を始めた。

「あれは科学省の機動組織だ! お前達の身柄は保証する!」

 如月は爆音に負けないくらい大声で言った。

「とりあえず、何とかなりそうね。古代兵器については後で聞いてみましょう」
「そ、そうだな」

 清奈の提案に悠は頷いた。

 着陸したヘリに悠達と如月達は乗り込み、一路科学省へと向かった。
 その後、入れ替わるようにして何台もの大型車両と高機動車両が戦闘現場に到着し、白衣を着た集団やフルフェイスの集団が現場付近で何かを始めていた。

 そんな様子を眺めていたのはザイツ達である。

「どうやら相討ちは失敗のようね」
「イレギュラーが多すぎる。だが、“キューブ”の一つは我が手元だ。アリア、お前は部下を連れて先に古墳島へ行け」
「では、先に島の“キューブ”を?」
「そうだ。あそこは“イービルトライアングル”、通称悪魔の海域だ。それ相応の魔力を持たない限り、来る事はまず不可能だろう」
「分かったわ。けれど、あいつは生け捕りにしておいて」
「抵抗すれば即殺すが」
「構わない」

 アリアは姿を消した。
 残されたザイツは、フードの下に邪悪な笑みを浮かべた。

「ククク。これで総帥の座が手に入るのか………ククク」



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