第三章 迷い〜そして戦場へ〜


[15]第五一話



 ここは科学省の地下司令部。

 遺跡での戦闘を監視していたが、突如アラートが鳴り響いた。


「キサラ副司令の車両より高エネルギー反応!」

「同エリアにて空間歪曲現象を確認。発動基点より半径二キロ圏内です」

「キサラとネルフェニビアはどうしている?」


 オペレーター達の報告を聞いて、慶喜は厳しい顔をした。
 ネルフェニビアが公園に向かったと知った時から嫌な予感がするとキサラは言っていた。

 彼女が恐れていたのはこの事態なのだろうか。



 そんな思考を頭に張り巡らしていると、情報解析を終えたオペレーターから報告が来た。


 だが、それは必ずしも喜ばしいものではなかった。


「キサラ副司令の生命反応は、完全に、停止しています………」

「なんだと………?」


 慶喜はあまりの事実に目を見張った。

 有り得ない。最初に思った事はそれだった。


 キサラの姿が脳裏に浮かび、記憶の断片から引き出されると同時に様々な感情が溢れ出た。

 しかし慶喜は司令官という立場にある。たった一人の死に向き合えないようでは彼女にも笑われてしまう。


 すぐさま気持ちを落ち着け、余分な考えを切り捨てる。
 それと同時にもう一つの報告が来た。


「ネルフェニビアの生命反応は確認されました! ですが………」

「どうかしたのか?」


 まさかと思ってしまった。
 そんなはずはない。
 恐怖で内側が塗り替えられる中、報告の続きを待つ。


「高エネルギーの中心に、ネルフェニビアの存在を確認しました……!」


 直後、司令部内にどよめきが起こった。
 慶喜は歯を噛み締めると、


「本部の全隊員へ通達。“扉”が開き、敵が来る前に迎撃態勢に入れ」

「りょ、了解……!」


 オペレーターは一瞬戸惑ったが、すぐさま連絡をいれた。



 本来ならば元凶を叩くのが常識だ。それを命じない事に疑問を抱くのは当然なのである。


「あの話が真実だと分かった以上は、撃つ訳にもいくまい」


 慶喜の視線は、遺跡の状況を示す映像ディスプレイに向けられていた。







◇◆◇◆◇◆◇◆







 草木に紛れて二人の男女がいた。
 彼らは一方が地面に倒され、もう一方が馬乗りの体勢になっていた。


「………なぜ、殺さない」

「……………」

「答えろ。なぜ殺さない!」


 如月は銃口を向けたまま、アリアに怒鳴られても無言でいた。
 押し倒されている彼女のすぐ右横の地面が小さく抉れている。



 あの時――。
 如月がアリアの一瞬ひるんだのをめざとく突き、地面へと叩き落とした。
 そのまま勢いに任せて彼女の上に馬乗りになるような格好で銃の引き金を引いた。
 アリアが死を覚悟して目をつぶった時銃声が轟いたのだが、それでも生きているという確かな感覚があった。
 如月の重みと肌に触れる空気。
 奇妙だと目を開けると、そこには銃口を地面に向けた如月がいた。
 自分が生きている事を悟ると無性に腹立たしくなってきた。再び生を受ける喜びよりも恥と憎しみが彼女を覆ったのだ。
 絶好の機会を目の前にして簡単に失敗をするなど考えられない。いや、するのではなくしたとなればどうだろうか。


「……逃げたわね………自分が殺す事を恐れて逃げたわね! この臆病者!」


 刹那、乾いた音が森に響く。
 アリアの頬が段々と赤くなってきた。


「何とでも言え………! お前が生恥を晒そうが関係ない……今ある生を粗末にするな!」


 叩かれた彼女はぽかんとしていたが、如月は絞り出すような声で非難すると駆け足で遺跡へと向かった。


「今ある生を粗末にするな………」


 彼に言われた言葉を反芻するアリア。それは彼女に強く印象づけた言葉だった。
 そこではたと気付く事実。とうの昔に捨てたはずの思いを恋い焦がれさせるには十分すぎるものだ。
 だが、とアリアは首を横に振る。


「何を馬鹿な……今さらそんな些細な事に執着する理由など……!」


 起き上がり、弾き飛ばされた刀を手にした。
 その瞬間、カタカタと腰に差していた鞘が鳴り始めた。
 そう、震えていたのだ。
 アリアは無意識のうちに起きているこの現象に驚き、刀を持つ手に目を見張った。
 これほどまでに武器を持つ事を恐れた経験は初めてだ。
 初めて刀を手にした時は怖くなかった。自分の行為があの人のためになると信じていたからだ。

 では今はどうなのか。
 否、分からないという答え。
 初めて生への強い執着を感じてしまったがために、理性では押さえ切れないほど感情が沸き上がっている。


「くっ……うぅ………!」


 刀を手にしたままアリアはその場に崩れ、苦しみの嗚咽を漏らした。




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