第二章 動きだす運命
[20]第三四話
『次、六時の方向より十五発。十二時より魔物五体です!』
「了解」
ネルフェニビアからの情報を頼りに、如月はアイスコープに映る魔物の小隊をマーキングした。
「目標、ロックオン」
目の前の落下防止用の柵を脚で跳び、トリガーを引いた。
「ファイア」
直後、魔力弾が合計七発、同時に放たれる。
さらに、建物の屋上から大通りの車道に着地すると、天に向かって右手を高くかざした。
『魔力弾、来ます!』
ネルフェニビアが言った通り、無数の光点が如月の頭上から迫っていた。
だが如月は動じる事なく目を閉じた。
無数の光点はその距離を詰める度に大きくなっていき、それが魔力弾と分かる頃には嵐のように如月に降り注いだ。
標的を撃ちそがれた魔力弾はアスファルトを打ち砕き、土煙を巻き起こす。
視界不良の中、その場所から一つの影が飛び出した。
「ナイスオペレーティング」
『どう致しましてです』
感情が全く混ざっていない如月の好評価に、ネルフェニビアは嬉しそうに言った。
殲滅作戦を始めてから十数分。
それまでにそういった事がかれこれ十回以上はあった。
如月は多少疲れているが、普段から鍛えていたのでこれくらいの密度の戦闘は大して苦にならない。
問題は如月ではなくネルフェニビアなのだ。
如月の後方支援要員として策敵系の魔法を常時使っている彼女は、そこそこの容量があるタンクから魔力という水を大量に流しているようなものだ。
いずれこのままでは魔力疲弊で倒れるのがオチである。
その証拠に、発見時の相対距離が微妙に短くなっている。
「ネル。無茶はするな。魔力疲弊で倒れたら、家まで運べないからな」
『その時は、耀君に運んでもらいます』
「だといいがな。(ネルのやつ、だいぶ疲れているな)」
如月は漆黒のコートの内側に手を突っ込むと、そこからナイフを右に投げ飛ばした。
「油断していると思ったか。阿呆め」
そのナイフの手に掛かったものは一体の魔物だった。
恐らく撃ちし損じた奴だろうが、ネルが一言も注意しなかった事から、やはり早期決着をしなければならない。
『目標を確認しました』
「どこだ?」
『真上です』
瞬間、空気が変わった。
如月はすぐさまその場から離れた。
だが、コンマ一秒の差で地面に叩き付けられる。
「かはっ……!」
『耀君!』
ネルフェニビアが悲鳴を上げた。
「大丈夫だ。これからは接近戦だ。お前は休め」
『でも……!』
「いいから休めと言ってるだろう! 冷静さを欠くな!」
『は、はい……』
如月の怒りに、ネルフェニビアは怯えたような声で返事をした。
その後、如月の身体から何かが抜け出るような感覚があった。
索敵系の魔法が解けたのだ。
「これでサシだな。剛田」
「…………」
口の中に溜まっていた血を吐き出すと、如月はマグナムを低姿勢に構えた。
一方、剛田は無言のまま空中に浮かんでいる。
『闇の魔力に支配されている。誰かが意図的に洗脳したのだ』
「なるほど」
アストラルの観察眼に如月は関心したような返事をすると、一気にビルの壁を走り始めた。
そして一瞬で間合いを詰めると、剛田の左側頭部位付近にマグナムの台尻で殴ろうとした。
「これで大人しくしろ!」
「……黙レ」
如月の方に振り返った剛田の瞳はまるで虚空を掴むような様子だった。
剛田が軽く下から上へ左腕を振り上げると、衝撃波が生じた。
「くっ!」
如月は魔法障壁を咄嗟に展開して身を防ぐ。
しかし衝撃波のその威力には耐えられず、ビルの壁を破壊して内部の床に激突した。
「あの馬鹿力め………。殺したくはないのに」
『貴様が手加減しようがしまいが、向こうは殺す気だ。一瞬の油断が死の始まりだ』
「分かっている。けど、あいつはあんな事になる奴じゃないんだよ!」
如月は駆け出すと素早く跳躍した。
友人を傷つけたくはない。
その思いと相反するように殺意が芽生えていた。
「死ンデシマエ」
「なにっ!」
剛田の周囲に魔力弾が八発出現し、一斉にそれらが如月に襲いかかった。
如月は避ける間もなくもろに被弾した。
直後に起こる大規模な爆発。
そして、垂直に地面へと落下する人影。
『如月、貴様はここで終わるつもりか! まだ果たしていないあの小娘との契約を反故にする気か!』
アストラルは落下する如月を叱咤した。
だが如月は全く応じない。
直撃を食らった時に気を失ったのだった。
まるでジェットコースターのような速度で周囲の風景は動き、地面がどんどん近付いて来る。
遂に地面と衝突しそうになった時、
空気が脈打った。
次の瞬間、如月の身体は空中に止どまり、何か禍々しい黒々としたものに覆われる。
そして幾条もの暗黒の光が如月を取り巻くものから発生し、ガラスが砕けるように如月が現れた。
外見は変化していない。
しかし、その目は鮮血のように紅く染まり、背後からは見た者を戦慄と恐怖におとしめる恐ろしいオーラがゆらめいていた。
「理を侵す者には贖いを」
感情が全く混ざっていない口調でそう言うと、如月は一瞬で間合いを詰めた。
「死をもって贖罪となさん」
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