第二章 動きだす運命


[02]第十九話



 科学省の建物の向かい側にビルが建っている。
 比較的最近に造られたらしく、外観はとても綺麗だ。
 その建物は今は人気がなくなっている。
 そのビルの屋上に少女がいた。
 流れるような黒髪に双黒の瞳を持つ少女だった。
 彼女の手には鞘に収まった日本刀がある。

「………結界の中で戦っているようね」

 周囲に誰かがいたら、何事かと振り返ってしまいそうなくらいの声でその少女は言った。
 すると、彼女の手にしている刀から若い男のような声が聞こえた。

『そうみたいだな。こっちも動くかい?』

 その口調からは、戦いに歓喜する調子が滲み出ている。
 少女は刀を横にして前に突き出した。

「幻獣神【バルザール】、その雷を我が刀に施したまえ」
『ヒッヒヒ。任せな、我が相棒』

 バルザールと呼ばれた刀を持った少女は、フェンスを軽々と飛び越えた。
 そして、科学省の建物に向かって跳んで行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「恐らく、嫌な記憶がフラッシュバックしたのでしょう。そのショックで気絶しただけだと思います。明日には目を覚ましますよ」

 女医は、そう言うと自分のデスクに戻って行った。
 如月と慶喜、ついて来た彼の部下たちは礼を述べると、医務室を出た。
 すぐ近くの休憩できるスペースまで移動して、如月が真っ先に口を開く。

「あんたは誰なんだ?」

 如月の睨むような視線の先には、さっきの若い男がいた。

「私はリュウ・セイランです。ネル君の師匠をしていました」

 20代後半と見られるグレーの瞳をした男は、頭を深々と下げた。

「ネルが倒れたのはセイラン、さんのせいだと思うんだが」

 年上なので一応さん付けした如月だが、その口調は依然として尖っている。
 それでもセイランは、その温和な雰囲気を崩さずに、

「セイランで構いませんよ。確かに私のせいでしょうね」

 と至極あっさりと言い切った。
 これには虚を突かれたのか、如月はどう言い返せばよいのかと一瞬悩む。
 そこへ慶喜が割って入ってきた。

「セイランには、とある事情でこちらの世界に来てもらっていたのだ。恐らく、何年間も音信不通だったから行方不明のまま死んだと勘違いしたのだろう。だから驚きのあまり気絶したんじゃないのかね」
「ええ。確かに連絡を一度もしてませんでしたから、そうでしょう」
「そう、か………」

 慶喜の考えに当事者であるセイランが同意したのであれば、納得せざるを得ない。
 しかし如月は、あの時ネルフェニビアが見せた表情がどうしても脳裏に焼き付いて、忘れられなかった。
 本当に死んだ人間を見たような恐れがそれに出ていたのだ。
 何かが隠されている。
 如月がネルフェニビアに聞いてみようと医務室に足を向けたその時、

「耀、お前もあまり寝ていないだろう。仮眠室を用意してあるから、そこへ行くといい」
「いや、ネルの看病をしようかと………」
「ああ。それなら大丈夫ですよ。私が付き添いますから」
「そういう事だから、早く仮眠室に行け。今休息を取らねば、逆にネル君に心配されるぞ」

 父親である慶喜とセイランにこう言われては、どうにも仮眠室で寝ざるを得なかった。

「何かあったらすぐに向かいます」
「うむ」
「よろしくお願いします」

 二人に見送られるようにして、如月は仮眠室へ向かった。
 エントランスホールを除く各階に二箇所ずつ仮眠室は常設されている。
 この階の仮眠室は、どちらとも医務室からは遠い。

 やはり何かがある。

 慶喜やセイランの半ば強制的な行動を不審に思う如月。 だが、ここでそれだけのために彼らと対立するのは分が悪いというのもまた事実。
 明日にでもネルフェニビアに尋ねようかと思いながら第一仮眠室とプレートが掲げられた部屋に入った。
 ふと、その部屋の窓が目に入り、外の様子を眺める。

「まだ結界が張られているのか」

 どうりで静かな訳だ、と呟きながらベッドに身体を預けようと窓から離れようとした。
 直後、妙な気配を感じた。
 バッと窓の方を振り返り、外の様子を窺う。

「………気のせいか。緊張しすぎだな」

 今度こそベッドに横になろうとする如月。
 マグナムをどうしようかと思ったが、非常時に備えて腰のベルトに挟んだままにしておく事にした。
 結界が張られているために、とてもとても静かな夜だった。


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