第二章 動きだす運命
[15]第三〇話
『こちら南部方面迎撃班! ダメです、被害防げませんでした!』
「最小限に食い止めたのならば構わない。護送班、現状を報告しろ」
イヤホン越しではなく、観測室全体に聞こえる声に、慶喜は無線通信のインカム越しに言った。
目の前の大型ディスプレイには現場からの映像が映し出されている。
さっき閃光と爆発音がしたが、それほど問題ではない。
それよりも、と慶喜はまだ時間の浅い記憶を脳裏に思い起こす。
もしもあの“壁”を潰さなかったら、一大事に至っていた。
広域の被害が出れば、海上輸送が盛んな街の経済損失は計り知れない。
被害の軽減ができた事だけで良しとするのは如何なものかと思う慶喜の良心は、すぐにかき消された。
『こちら護送班。“積み荷”とともにルートDより目標へ接近中です』
「よし。出撃ポイントに到着次第、射出するんだ」
『ラジャ』
慶喜がきっぱりと命じると、無線の相手はすぐに応答して交信を終了した。
次に通信ディスプレイが表示された。
「む……お前か。何かあったか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
如月は屋根の上を猛然と走っていた。
恐らく世界級の短距離走者に勝るとも劣らぬ速さだ。
幻獣神と契約した事で与えられる能力の一つ。
それは、人知を遥かに超える身体能力。
鍛えれば鍛えるほどその能力は際限なく伸びる。
『射程圏内に入った。撃てるぞ』
アストラルが不意にそんな事を言った。
だが如月はまだ立ち止まらない。
「まだだ。奴はまだ何かを隠している」
『………なに?』
珍しく紅蓮の神が疑問の声を上げた。
如月は目の前に見える、宙に浮かんだ小さな人影を睨む。
「たかが津波ごときで黙る馬鹿じゃないはずだ。必ず何かを仕掛けているはず………」
そこまで言って、如月は急に立ち止まる。
彼がいるのは中規模なマンションの給水塔だった。
如月を囲むようにに黒々とした暗黒の魔法陣が展開されている。
その魔法陣から次々に魔物が湧くように現れた。
「転送魔法……か」
如月はマグナムの側面を左胸に押し当てた。
「タクティクスシステム、開放……!」
すると如月の身体が輝きに覆われ、それがやむ頃には上下ともに黒い服装で、さらに黒のコートを纏う姿となっていた。
「アストラル、行くぞ」
『承知』
直後、如月の足元に魔法陣が展開された。
反射的に敵が一斉に飛び掛かる。
如月のいる場所に魔物達が突っ込み、たちまち山と化した。
その瞬間、その山から少し離れた場所から声がした。
「甘い!」
それは一瞬で移動した如月の声で、幾つもの魔導弾がその山を削る。
命中した魔物は一瞬にして灰と化し、消え去って行く。
だが、生き残った魔物達は一斉に散開し、如月を集中的に狙う。
「連携がうまい。並の魔導師が使える魔法じゃないな」
次々に繰り出される攻撃を避けながら評価を下す如月。
彼は防戦一辺倒のようだが、隙を見て躱しては反撃を繰り返している。
しかし多彩なバリエーションで放たれる攻撃を、全ては避け切れない。
「くっ!」
背後から飛んで来た鋭利なクナイを避け切れず、右腕に傷を負った。
『埒があかぬ。普段の対処を思い起こせ』
アストラルは不機嫌極まりない口調で如月を追い立てる。
ほぼ防戦のみの如月にも焦りの色が浮かび始めた。
「しょうがない。これしかないな」
そう言って内側の胸ポケットから出したのは三つのピンポン玉並の黒い玉だった。
「これなら……!」
それを思いっ切り地面に投げつけた。
直後、物凄い閃光と爆発音がした。
それはとても強力で、収まって少し経ってからも魔物達は視覚と聴覚が混乱している。
その隙に如月は、三百m西にあった、建設途中の高層マンションに飛び込んだ。
全体の三分の一にあたる上の部分はまだ鉄骨がむき出しだが、他の部分はコンクリートで固められている。
遮蔽物として申し分ないので、この構造物の一画に入り込むとすぐに壁に背を預けた。
ひんやりとした壁は戦いで熱くなった如月に冷静さを取り戻す。
呼吸を整えると、右腕につけた腕時計型の端末を操作して通信ディスプレイを表示させた。
『む……お前か。何かあったか?』
「父さ……いえ、如月大臣。いきなりそれは酷いでしょう」
如月は通信相手の如月慶喜を見て、やれやれと溜め息をついた。
『お前を信頼している証だ。それよりどうした』
何やらはぐらかされた気もしないわけではない。
だがそんな押し問答の時間さえ惜しく感じてしまうのが現状だ。
だから如月は答える。
「支援班の到着はまだですか?」
途端慶喜の顔が曇る。
『敵は強いのか』
「いえ、数が多いです。多少の戦術も心得ているようで……とにかく召喚された魔物連中が邪魔です」
『ふむ。支援要員が今ルートDで向かっている』
「海上輸送経由………!?」
珍しく如月は驚きの声を上げた。
「そんな無茶苦茶だ!」
やや感情的になる如月に対して慶喜は目を細めた。
『魔物召喚のせいだ。イレギュラーの要素を忘れとった』
なんていい加減なんだろうか。と如月は腹を立てるどころか呆れ果ててしまった。
返す言葉が全く見つからない。
『死にたくなければ時間を稼げ。以上だ』
慶喜はそう言うと一方的に通信を終了した。
いくならなんでも買いかぶりすぎだと思う。
ほんの少し前に“契約”をし、実戦経験も浅過ぎる。
プロだと言わんばかりの口調をするのはそのためだ。
欠点を隠すために虚勢を張る。そして味方を“助ける”形で戦闘をこなす。
未熟で傲慢な自分がどれほど駄目な人間かを如月は痛いくらいよく分かっていた。
どうやら敵が居場所を見つけたようだ。
その証拠に、如月のいる一画を取り囲むように気配が存在している。
「………七体か」
残りの大半は南部方面迎撃班の空襲チームと激しい戦闘をしているのだろう。
時々聞こえてくる爆発音がうるさく感じるくらい如月には余裕がなかった。
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