第二章 動きだす運命


[14]第二九話




 そこに少年はいた。

 自失した様子で、フェンス越しに街を眺めている。


 彼の名は、剛田武憲。

 彼がいるのは屋上。

 なぜここにいるのかと言うと、

「オレはなんて馬鹿なんだ。あんな事さえなければこんな目に遭わなかったのに……!」

 クラス、いや同学年からの視線が耐えられない。
 事故とはいえ、如月に迷惑をかけてしまった。
 たったそれだけが原因で、なぜ自分の学校生活が狂わされるのか。

 いつしか彼の心は、自責の念ではなく黒々と渦巻いたものに変わっていった。
 そこへ、後ろから声が掛けられた。

「力が欲しいか?」
「力……?」

 剛田は、石像のように固まったまま動かない。
 背後から投げ掛けられる声は魔法のように剛田を誘い込む。

「そうだ。あの小賢しい連中を一掃する力だ」

 邪悪な誘いは剛田の良心を、気付かないうちに飲み込んでいった。

「お前は強い。だが愚か者の存在がお前の強さを駄目にしている。腐った部分は握り潰せ。その手で憎き存在に復讐の儀を遂げろ」
「復、讐………。そうか。如月のせいでオレは不幸に見舞われていたのか。あの男……命をもって償ってもらう………!」

 邪悪な力に虜にされた瞬間だった。

 今や剛田からは、一般の人間が雰囲気で察する事ができるくらい障気を発している。
 漆黒の闇が彼をゆっくりと覆い始めたかのようだ。
 そのままふわりと宙に浮かび、高らかに声を上げた。

「復讐の始まりだ!」



◇◆◇◆◇◆◇◆


 科学省第一観測室。

 そこは階段状に計器類が何列も整然と並ぶ部屋だった。
 白衣を着た複数の職員達が椅子に座って各々の役割を果たしている。

 彼らから見て背中側の一番奥。

 そこには特殊強化ガラスで区切られた部屋がある。

 その部屋に如月慶喜の姿があった。

 彼はインカムを片手に、隣に立っている女性と何やら話をしている。


 不意に、警告を知らせるディスプレイが空中に現れた。

 すぐさま慶喜はマイクに向かって喋る。

「状況は?」
『聖サンヌルクス学園付近にて闇のエネルギー反応。密度、警戒域内』
『エネルギー体は海上へ南進。ステルス確認されません』
「自己隠蔽魔法もなしに海上へ移動?」

 オペレータの報告に如月は怪訝な色を見せた。


 闇の勢力ならば問答無用の破壊行為を行う。

 それがないのはあまりにもおかしい

 だが、と目を細める。
 闇の魔導師ではない者の行為ならばどうか。
 次の瞬間、慶喜は座席から立ち上がって叫んだ。

「目標は地の利を利用する気だ! 総員迎撃戦闘用意! 敵の攻撃を許すな!」
『ラジャー!』

 オペレータ達は掛け声をすると一気に作業を開始した。
「彼奴らめ……! “契約”を利用したおったな!」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 最初、何気なく外を眺めていた如月には驚かされたという被害意識があった。
 だが状況が分かると次に湧いてきたのは切迫感である。

 ネルフェニビアからの念話。

 彼女から次々に送られる膨大な情報から、如月はここが危険だと即決した。

 直後、女子生徒の一人が声を上げた。

「海が!」

 その言葉に反応した他の生徒達が窓の方を向き、教師もろとも授業そっちのけで窓側へと駆け寄った。
 他の教室の生徒や教師も同様に、窓から顔を出してその光景を眺めている。
 普段から見慣れた海が、巨大な壁となっていた。

 誰かが津波だと叫ぶと、水を打ったかのように、すぐさま動揺が広がる。

 しかし津波ならば陸へ前進するものだ。
 海水の壁は、陸へ向かう事なく停滞している。


 だが如月には見えていた。

 壁が、前に押し倒されるかのように津波と化す瞬間を。
 その時、どこからか爆音が聞こえてきた。
 直後、目の前を突風を巻き起こしながらそれは通過した。
 二十発以上ものミサイルだ。
 ミサイル群は低高度を保ったまま“壁”に飛んで行った。
 皆が呆気にとられていた次の瞬間、“壁”の様々な場所に命中して爆発していった。

 穴の開いた“壁”は崩壊しながら津波と化す。

 一部の女子が騒ぎ出すが、勢いは止まらない。
 まるで貪欲に身をゆだねた大食らいのように、津波は沿岸の街を呑みこんだ。
 その一瞬の出来事を理解できていなかった全校生徒は、数秒経ってから騒ぎ始め、逃げ惑い始めた。
 そんな中、如月は教師の制止を振り切って、廊下の窓を蹴破った。
 そしてそのまま何事もなかったかのように地面に着地すると、

「アストラル、戦闘準備だ!」

 正門へと駆けながら相棒に声を投げた。

『承知。だが貴様は飛行技能を修得してはいない』

「そんなものは想像だ。魔力を形にするのはイメージが肝心だとネルが言っていた」
『あの小娘………また妙な入れ知恵をしたか』

 アストラルの声がくぐもっている。
 恐らく余計な事を言われた事に対して怒っているのだろう。

 裏技に近い事をやって下手な癖がつくよりかは、訓練をして会得したほうが良いというのは如月もしっかり理解している。

 だが切羽詰まった状況下では、例え倫理的な問題をあったとしても生き残るために利用できるものなら、利用するのが最良の選択肢だ。


 何があろうとも生きる。

 そんな決意をした如月には、何を利用しようが知った事ではないという事だろうか。
 だからアストラルはこう言った。

『一度下手な癖がつけば、それが命取りになる。今後は必要な技術は我が指南する』
「分かった。今回だけは見逃してくれ」

 如月は腰のベルトに挟んでいたマグナムを左手に持つ。
 それと同時に正門を抜けた。
 守衛がしっかりと監視していたので、遠慮なく塀を飛び越えたのだ。

 聖サンヌルクス学園は小高い丘の上にある。
 街の惨状は、正門前からでも良く見えた。

 如月はガードレールに足を掛けると、そのまま眼下の民家の屋根に着地する。
 そして様々な建物の屋根を足場として走って行く。

「今回の犯人は誰だと思う?」
『知らぬ。だが件の襲撃者かもしれん』
「やはりそうなるか………」

 如月は突如街を襲った災害に混乱する市民を眼下に、屋根から屋根へ飛んで行った。

 元凶者を始末すべく、鈍い銀色をたたえたマグナムはどこまでも静かに輝いていた。




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