第一章 始まりは突然に


[03]第三話



「ん……う、ん」

 少女が身動ぎした。
 如月はそれに気付くと、すぐさま少女の元に近寄った。
 少女の目がゆっくりと開かれる。

「ここ……は?」
「俺の家だ。森の中で倒れていた君を、治療するために連れて来た」
如月はそう言うと、椅子に座った。
 カーテンが完全に締め切られているが、天井の白色ダイオードによる明かりで、部屋は意外と明るい。
少女は、まだ少しボーッとしていたが、状況を把握すると、顔色を変えベッドから起き上がろうとした。
 すぐさま如月がそれを抑える。

「まだ動くな。かなり疲労が溜まっている。たとえ敵に追われていたとしても、だ」

 少女の目が大きくなり、ズボンの内にしまわれていた尻尾が姿を現した。
 身体から警戒の雰囲気が滲み出ている。

「なぜ、そう思うのですか?」
「あの怪我は尋常じゃない。さらに言えば、その耳と尻尾もだ」

 如月はそう言うと、ゆっくりと立ち上がり部屋から出て行こうとした。
 ドアノブが手に触れた時、

「理由は聞かないが、身体は休ませろ。しばらくの間は大人しくしていろ」


 そうしてドアは開かれ、如月は出て行った。
 少女は安心したような顔をして、また深い眠りについた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 良い匂いがする。
そう思って、少女は目を開けた。
いつの間にか、部屋には明かりが点いていて、目の前にはチャーハンが置かれていた。

「起きたか。もう昼だぞ」

如月は椅子に座り、もう一皿用意していたチャーハンを食べていた。
少女は、首をかしげて怪訝な顔をしていたが、

「たとえば、俺が敵だとする。その時、君にここまで尽くすだろうか? 普通なら、その場で殺すか、生け捕りにして監視下に置くかだ」
「わたしはそこまで、人間不信ではありません」

 少女は、頬を膨らましてやや怒りながら言った。
如月は笑う事もなく、

「なら答えは一つだろう。さっさと食べろ。不味くなるぞ」

 少女はまだ怒っていたが、素直にチャーハンを食べ始めた。
如月は先に食べ終わり、少女の食べる様子を眺めていた。
その視線に気付いたのか、少女がチラリと如月を見た。

「何かわたしの顔についてますか?」
「いや……。敢えて言うなら飯粒くらいだ」
「馬鹿にしないでください!」

 少女は、ついに怒りを爆発させた。
如月は、それに少し驚いた。

「女の子には、もっと優しくするのが常識ですよ! 特に怪我人は……!」
「………分かった。以後改める」

如月は申し訳なさそうに、目の前の少女に謝った。
確かに、少しおどけすぎたところはある。いつ襲撃されてもおかしくない見知らぬ土地で、素性も分からない人間と一緒にいるのは、さぞ不安だろう。
孤独を好む如月にも、その点だけは痛いほどよく分かっていた。だから、こう言う。

「俺は如月。如月耀だ。ちなみに、ただの人間だからな」

怒りで肩を震わせ、今にも泣きそうな顔していた少女は、

「わ、わたしはネル。ヴェリシル・ネルフェニビアです………」
「ふむ。察するところ、君はウルフ系か。優しさある誇り高きウルフ系亜人と見た」
「お褒めに預かり光栄です」
「ああ、敬語は使うな。堅苦しい事は無しだ」
「はい………」

 如月は、この世界に来た理由を聞こうかどうか迷っていた。
だが、それはすぐに解消される事となった。ネルフェニビアが、レンゲを皿の上にカチャリと音を立てて置いた。
 そして、ゆっくりと口を開き始めた。

「わたしは、もう一つの世界から来ました」
「……興味深いな。聞かせて貰おう」
「その世界は、今大きく分けて二つの勢力に二分しています。一つは、この世界の破壊と征服を目論む勢力。もう一つは、それを阻もうとする勢力です」
「父上に聞いた事がある話だな。もしかして、征服を目論む勢力は、闇の力の使い手か?」
「ど、どうしてそれを……!」

 絶対にこちらの世界が知らない情報を如月が知っている事に、ネルフェニビアは目を丸くした。
尻尾が膨らんでいるので、相当驚いているらしい。しかし、すぐに話を戻した。

「そうなんです。闇の勢力は、豊富な資源のあるこの世界を征服しようと企んでいます。わたしは、つい最近まで敵の重要機密を手に入れる為に、内貞していました」
「そして情報入手後に襲撃された、と」
「はい。その結果、戦いの際のショックで空間と空間が繋がったらしく、こちら世界に来てしまったようなのです」
「なるほど。大まかな話は分かったからもう休め。今日一日なら俺は家にいるから」

 如月は、食器をお盆に載せた。
そして、ネルフェニビアの返事を待つ事なく部屋を出た。
今やらなければならない事が幾つかある。その為に、如月は二つあるコードレス電話のうちの一つを手に取った。
 この電話は、如月の義理の父が改造した電話で、傍受できない特殊回線に繋がっている。そして、何よりもその父の職場へのホットラインだった。

『はい、こちらクラリメット社です』
「美濃屋です。昼の注文のお伺いに来ました」
『当社では、そのようなお店への依頼はしておりません。掛け違いではないでしょうか?』
「ああ、失礼しました。よろしければ、向こう一ヵ月の天候を教えて下さい。ちなみに引き落とし口座は086-J14-6TU-RSJです」
『しばらくお待ち下さい………。コード承認。ご用件は何でしょうか?』
「如月科学相へ緊急の連絡があります」
『分かりました。しばらくお待ち下さい』

 数秒後、女性の声から渋みのある男性の声に代わった。

『私だ。耀、何かあったのか?』
「父上、もう一つの世界……アナザーワールドは実在していたのですね?」
『どうした急に? ……まさか、闇の勢力か?』
「そのまさかです。詳しい話を聞きたいので、今日は必ず帰って来て下さい。客人もいますので」
『分かった。19時頃には帰るようにする。下手な行動は避けろよ』
「分かっていますよ、父上」

 如月はそう言うと、受話器を元の場所に戻した。
そして、次の仕事に取り掛かった。


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