第一章 始まりは突然に
[13]第十三話
「へぇ。姿を見せれるのか」
「はい。という訳で、召喚してみて下さい」
「はい?」
関心していた如月だったが、いきなりネルフェニビアにやってみろと言われて思わず目が点になってしまった。
「い、いや……俺は召喚方法知らないぞ」
「大丈夫です。私の言葉に合わせて下さい」
ネルフェニビアはそう言うと、ソファから立ち上がった。
そして横から見ると、如月と慶喜の中間に位置するような場所に立ち、右手をマグナムにかざした。
如月も慌てて立ち上がり、ちょうどネルフェニビアの反対に位置するように立った。また、ネルフェニビアと同じように左手をマグナムにかざす。
ネルフェニビアが口を開き、召喚するための儀式呪文を唱え始めた。もちろん如月もそれを復唱する。
「『о ч щ н ё』」
「о ч щ н ё」
「『в ф й и ы ю э я』」
「в ф й и ы ю э я」
「『幻獣神【アストラル】、その姿を我らの前に現わし給え』」
「幻獣神【アストラル】、その姿を我らの前に現わし給え」
するとマグナムが空中に浮かび上がり、淡く発光し始めた。
次の瞬間いきなり激しく輝き出して、周囲が紅蓮の炎に包まれる。それと同時に、何かが止まる感覚が如月たちの身体に起こった。
『我を呼び起こしたのは汝か?』
マグナムから荘厳な雰囲気を醸す声が聞こえた。
『再度問おう。我を呼び起こしたのは汝か?』
「あ、ああ。俺が呼んだ。久しぶりだな」
『たわけ。まだ契約してから数日も経ってはおらん』
「あ、あははは………」
耳の痛い台詞に如月はただただ笑うしかなかった。
しかし、もう一人の人間は何ら動じる事なく、
「ふむ。噂に違わぬ威厳の持ち主だな。私は如月慶喜だ」
『我は幻獣神【アストラル】。【紅蓮の神】とも呼ばれている』
「なるほど。ところで、私の息子の実力はどうかな?」
『まだまだだな。そこの小娘、ヴェリシルのひよっこのほうがまだ魔法が使える』
「そこまで見抜くとは……」
「伊達に神じゃないな」
アストラルの的確な指摘に色々と驚かされていた如月だが、妙な点に気がついた。
「アストラル、何でネルがヴェリシルって分かったんだ?」
「あ、そう言われれば確かにそうですね」
『先代の契約者は、ヴェリシル一族の者だった。ただそれだけの事だ』
「つまり、魔力波動が似ていたという事か」
慶喜は唸るように呟いた。
どうやら彼の頭の中では、全ての物事が科学的に処理されているようだ。
「この際、姿を露にしたらどうだね?」
『それは出来ぬ。我が顕在する時、契約者の生命を対価とせねばならないのでな』
「神でも破れぬ規則ってのは驚きだな」
「いえ、この場合は自然の摂理とみなすべきです。私のひいお祖父さまは、精霊の顕在により亡くなりましたから」
「そう、か……」
一瞬だけ流れる重い沈黙。
そんな雰囲気を一掃するかのようにアストラルは話し始めた。
『だが、顕在しなくとも契約者とは精神で繋がれている。他者との会話は可能だ』
「つまりマグナムにいるのはアストラルの精神体って事か?」
『そういう事になる』
「ふーん、そんなものなのか」
一通りの話をし終えて、如月は特にこれといった関心事はないようだ。
それを察したのか、
「では幻獣神【アストラル】、そろそろ戻りましょうか?」
慶喜が自分の端末に内蔵されている時計をチラリと見て言った。
奇妙な事に、時計は本来行うべき動作である時間を刻んではいなかった。
『むう……それもそうだな』
アストラルが少し唸ると、周囲を包み込んでいた紅蓮の炎が一瞬で火の粉のような光り輝く粒子となった。
それらはマグナムに吸い込まれるかのように集まり、消えた。それと同時に、瞬間的に空間がホワイトアウトして元に戻る。
すると、如月たちは召喚を行う前の公務室にいた。窓から見える夜景も、照明に明るく照らされた室内も何一つ変化していない。
誰しもが何を話せばよいのか分からないまま数分の時が流れる。
最初に口を開いたのは如月だった。
「………なあ、ネル」
「なんでしょうか?」
「アストラルと話していた間も魔力は消費されていたのか?」
「そう、ですね……。完全とは言えませんが、顕在をしていた状態とほぼ同義の状態でしたから………」
「やはりそうか」
如月は深く溜め息をつくと、ソファにドカッと座った。
「無意味に身体が重い。肉体労働は何もしていないのにとてつもない疲労感がある」
「ま、まあ、魔力の扱いに慣れてないだけですよ。とにかく今はゆっくりと休みましょう」
「医務室に行け。どうせセイラが準備をしている」
慶喜は自分の手帳に何かを書き込みながら言った。
如月は慶喜に礼を言うと、ネルフェニビアと共に公務室を出て行った。その際マグナムを腰側のベルトに挟む事を忘れない如月。
扉が閉じられて、公務室内には慶喜だけが残った。
初老の男はふと手帳に書き込む手を止めて扉を眺める。だが、その目はどこか遠い未来を見据えているような目だった。
数秒の静止の後、一瞬だけ穏やかな笑みを浮かべる。そして操作ディスプレイを表示して、音声通信を開いた。
「目標〇一及び〇二がMRへ向かった。明朝○一三○に作戦開始だ」
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