第一章 始まりは突然に


[12]第十二話



 ここは科学省にある大臣公務室。
 今、この部屋は暗幕によって全ての窓が隠されている。

「ああ、私だ。彼がついに覚醒したよ」
『そう。と言っても段階はDってところでしょう? まだ問題はないわ』

 革張りの椅子に背を預けながら、慶喜は誰かと通信をしている。
 慶喜の目の前の空中には通信ディスプレイが表示されているが、本来通信相手が映し出されるべき欄には“sound only”とだけ表示されている。唯一分かるのは、通信相手が女性という事だけだ。

『現状維持が優先ね。目標を狙う輩はいくらでもいるわ』
「だろうな。まさか覚醒と同時にあの最強の幻獣神と契約を交わすとは、誰も思わなかった事態だ」

 そう言って、慶喜はデスクの上にあるガラスケースに目線を移した。
 そこにあるのは、如月が所持していたマグナムだった。

「あいつには、真実を話す」
『………………』
「どうした。こういう時に反論するのが君のスタンスだろう?」
『今回ばかりはあなたを信用しようと思っています。ですが、決して明かされぬ真実もまたしかり、という事をお忘れなく』

 通信相手はそう言うと、一方的に通信を終了した。
 すると、通信ディスプレイは勝手に閉じた。
 慶喜は鼻で溜め息じみた動作をすると、コントロールパネルを宙に表示させる。そして、暗幕を開くように操作した。

「まったく、何度も同じ台詞を言われる程口が軽いのかねえ」

 暗幕がゆっくりと開いていき、ライトアップされた町並みの明かりが公務室の内部に飛び込んで来る。
 いつもと同じ静けさに満ちた夜の街。だが、その空気は別のもので満ちていた。
 言うなれば殺気。又は魔力のオーラ。
 いずれにせよ、常人には分からない特殊なものが満ちている。

「ここも危険かもしれんな」

 慶喜がそう呟いた時、音声通信が入った。
 発信場所は医務室からのようだ。

「どうした」
『如月耀、及びヴェリシル・ネルフェニビアが大臣公務室に向かいました』
「分かった。そのままでいい」
『はい』

 慶喜は、複雑な表情をしたまま座っている。
 ふと、何気ない動作でコントロールパネルを操作して、公務室内の照明を点けた。
 だが、たとえ部屋が明るくなろうとも決して人の心が明るくなるわけではない。
 敢えて言うなら多少の気分の向上程度だろう。
 そうこうしているうちに、廊下へと続く扉がノックされた。

「構わない、入ってくれ」
「失礼します」

 公務室の主たる慶喜に入室を許可され、如月とネルフェニビアが公務室内に入って来た。

「まあ、そこのソファにでも腰をかけていてくれ。お茶を用意する」
「はい。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます………」

 如月はこういった事に慣れているようだが、ネルフェニビアは全くといって言い程不慣れなようだ。
 その証拠に、言葉にたじろいだ様子や態度から緊張している事が容易に見てとれる。

「まあ、肩の力を抜いてくれ」
「父上の言う通りだ。この場には顔見知りしかいない」
「は、はい………」

 この時如月や慶喜は、公務室独特の雰囲気にネルフェニビアが呑まれてしまったのではないのかと思っていた。
 だが、実際はそうではない。ネルフェニビアは公務室内に置かれている、あるものに対して緊張を抱いていたのだ。

「さて、君達には幾つか真実を告げなければならないな」

 慶喜は、湯飲み茶碗を盆に乗せてやって来た。
 それら湯飲み茶碗を如月達の目の前に来るようテーブルに置いていく。

「まずは、耀。お前が覚醒した件だが……」
「父さん、俺は契約した事に後悔はしてないよ」

 如月は慶喜の言葉を遮った。
 それを聞いて、慶喜の表情が渋くなる。

「その決意は大したものだ。だが、それによって差し出した対価は己が身に宿命を背負うという残酷な運命を刻み付ける結果になったのだぞ」
「分かっています。それはネルからも言われました。それでも、守りたいものを守るために力が欲しいんです」
「そうなのか?」

 慶喜は、如月の言葉が真なのか偽なのかを確認するようにネルフェニビアに尋ねた。
 ネルフェニビアは慶喜の目をしっかりと見て、

「そうです。耀君は重荷に耐える覚悟ができているようです」

 しっかりと首肯した。

「………そうか」

 慶喜はそうとだけ言うと、ソファから立ち上がった。
 そして自分の公務用デスクへと歩き、デスクの上から何かを手に持ってまたソファへと座した。

「本当に後悔をしていないのならそれでいい。だが、決してこれだけは忘れるな」

 慶喜が手にしていたのはあのガラスケースだった。
 それの鍵をゆっくりと外しながら、慶喜は喋り続ける。

「幻獣神の力は得てして強大なものだ。故に太古の者達は、己を過信しその力の扱いを間違った。人は誰よりも強大な力を手にすると道を踏み外し破滅へと向かいかねない」

 ガラスケースの鍵が全て外され、如月の目の前にケース本体が差し出された。

「決して過信せぬという覚悟はあるな?」

 如月は、ガラスケースに収まっていたマグナムから慶喜へと視線を移した。

「常に謙虚である事は確かに難しい。しかし、他者を思いやる気持ちがあれば欲望に打ち勝つ事は不可能ではない。と俺は思っている」
「良い答えだ」

 如月の返答に満足したのか、慶喜はニヤリと歯を見せた。

「それとネルフェニビア君」
「は、はい」

 いきなり慶喜に呼ばれて、多少驚くネルフェニビア。
 如月はそんな彼女の行動にやや苦笑した。

「精密検査の結果、幻獣神がこの銃器の中にいると分かったんだが、話し合いはできるかね?」
「たぶん、できると思います」



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